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2009年7月24日金曜日

ユダヤ世界、スポーツで一つに


去る7月13日、イスラエルで通称“ユダヤ人のオリンピック”として知られるマカビー・スポーツ大会が開催されました。2週間に及ぶこの大会は27日まであと数日続きます。第18回目となる今大会の参加者数は、世界51カ国から集まったユダヤ人選手たちと国内のイスラエル人選手たちを合わせた7千人。ただ今、世界に離散するユダヤ人達は、スポーツを通して、“ハアレツ(イスラエルの地)”で一つになってます!


「これって凄いぜ。みんなユダヤ人なんだ。」驚嘆したのは開会式(場所:ラマットガン・スタジアム)に出たロンドンから来た卓球選手イアン・マブリンさん(Ian Mablin)。


4年に一度開催されるこのマカビー大会。その第一回大会は、イスラエル建国前の1932年にまで遡ります。事の起こりは当時15才だったロシア青年ヨセフ・イェクティエリ氏(写真:Yosef Yekutieli)が1912年にストックホルムで開催されたオリンピックを見て感動し、あのようなスポーツ大会をユダヤ人同士で持ちたい、と夢を描いたところから始ります。イェクティエリ氏その後、約10年をかけて夢の実現へ向けて構想を練、ユダヤ国民基金(JNF)の資金援助を受けて、初のユダヤ人のスポーツイベントの企画に乗り出します。そしてユダヤ人スポーツ大会の第一回開催年は、彼の願いで、バルコクバの乱(132〜135年:ローマ帝国によるユダヤ人蔑視や迫害に対する抵抗運動)からちょうど1800年経つ1932年に定まりました。



写真左は今大会の大会ロゴ。ダビデの星をモチーフにしたロゴに象徴されているのは、ある競技で格闘するふたりの男たち。青はイスラエルを象徴する色。オレンジは命の躍動感を表現した色です。


さて、多くの選手たちは、世界中から若きユダヤ人達が、それもスポーツ選によって結集したことに驚きを隠せません。サッカー選手アーネスト・ストルルさん、33才はドイツのオフェンバッフ市にある500人程のユダヤ人が住む小さなユダヤ人地区から参加しました。今大会のハイライトはとのインタビューに「この地(イスラエル)でプレーすること」と応えた彼は、開会式では鳥肌がたったと言います。彼がそこで目にしたのは、各国のユニフォームを身にまとう、世界からやって来た数千人の同胞たちです。「これは信じられなほど美しい経験だぜ。だって方々の国々から来た、これだけ多くのユダヤ人達と会えるんだからな。」と彼は目をまるくします。


オーストラリア国シドニー市から来た、スカッシュ選手のアービン・ゴードンさん、58才は「このマカビアー大会は、それぞれの居住国を代表しながら世界のユダヤ人たちがスポーツで一つになれる大会さ。そして世界のユダヤ人地区に衛生放送されるんだ。」と自慢げに語ります。「しかし社会的にはありとあらゆる背景を持つユダヤ人達が大会には来る。それでも(大会期間中)シナゴーグに行けば、彼等だって同じ言語(ユダヤ民族の言葉)で祈りを神に捧げるんだからたいしたもんだぜ。」と彼は共通性を説きます。


開会式ではエチオピア系ユダヤ人の女性歌手が国歌「ハティクバ」で“ユダヤ人魂”を歌い上げました動画。国民的スター、シリー・マイモンは「ハイ(イスラエルの民は活きている)」というメッセージ・ソングを歌いました動画光と影のプレゼンテーションでは、イスラエル国誕生の歴史を描きました動画。「これは私達のストーリー。あなた達のストーリー。ここは何もない砂漠から始まった。われわれは木々も建物も希望もないところから出発した。しかし夢を描いた。その夢が現実を生んだ。今、われわれの土地に、われわれはこうして存在している。」というのが演出のストーリーライン。式の終盤ではイスラエル首相のネタニヤフ氏が開会演説をし、次のメッセージを送りました。「この国は、あなた達一人ひとりのものだ。あなた達のホーム(心の故郷)はここにある。競技の後は、アリヤーしなさい。我々は皆、あなた達を待っているからね。」このスポーツイベントには、このように全体に一貫した一つのメッセージが流れており、多くの感動を世界のユダヤ人たちに与えています。


“スポーツが得意”とは決していえないユダヤ人。それでもスポーツで競技し、勝っても負けてもユダヤ人であることを誇りとして、試合後は称え合う。こういう選手たちの姿はこの大会ならではのスポーツマンシップかもしれません。ちなみに格闘技の好きなユダヤ人は、今大会にテコンドー、空手、柔道などを取り入れています。その他、フットサルクリケット、ゴルフなどオリンピックにない種目もあります。更には、あきらかにスポーツではないチェスも大会種目に入っています。チェスは「頭のスポーツ」ということですかね。


祈り)スポーツで多いに汗を流し、ユダヤ魂を見せつけてほしいものです。ヘブル語の「ハイ」という言葉には、生きる、存在する、命を持つ、永続する、生き延びる、命を生み出す、よみがえる、成長する等の意味があります。開会式を見ながら、この「ハイ」というメッセージを今の日本人に届けたくなりました。「死」を見つめる者に、この「ハイ」のメッセージが届きますように。


聖書の言葉:「わたし(神)は、だれが死ぬのも喜ばない。だから(わたしに)立ち返って生きよ。」(エゼキエル書18章32節)


参考)7月14日付:ハアレツ紙[記事:18th Maccabiah opener / 'It's amazing, everyone's Jewish']—ウィキピディア[マカビアー・スポーツ大会—マカビアー・スポーツ大会・オフィシャル・ウェブサイト


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2009年4月24日金曜日

「ハティクバ:希望」






来週火曜日は、同胞のために戦




い、戦死したユダヤ人兵士たち




を偲ぶ戦没者記念日。そして翌




日の水曜日は、イスラエル独立




記念日です



先週のホロコースト記念日から




来る独立記念日にかけて、イス




ラエル国内のあちこちの式典で




必ず流れるのが国歌です。この




国歌は曲調はしんみりとしてい




ますが、数々の迫害を乗り越え




たユダヤ人には希望を与える歌




で、曲名も文字通り「ハティク




バ:希望」となっています。



この「ハティクバ」は国歌とし




て指定される前は、つまりイス






ラエル国家建国(1948年)の半世紀前は、この地への帰還を夢見るユダヤ人




(シオニストたち)の間で歌われていた彼等の愛唱歌でした。日本では学校など




での国歌斉唱は個人個人の歌詞解釈で堂々と歌えなかったり、歌わなかったりも




する様ですが、イスラエルでは、日本がオリンピックやサッカー等のスポーツ・




イベントで国歌を斉唱するように堂々と、それもいつでもいかなる場所でも心か




ら「ハティクバ」を歌います。ユダヤ史と建国後の近代イスラエル史を知る者に




は、心にジーンと来る歌です。



YOUTUBE視聴はここをクリック

以下が「ハティクバ」の私訳です。

ーーーーーーーーー

いつでも我々の心の深いところに、




ユダヤ民族のネフェシュの渇きがある。*




そして遠い遠い東方の岸へ、 **





シオンへ、我々の目は向いている。



我々の希望はまだ失われていないー




この2千年間の希望は。




それは我々がこの土地で自由の民となること。




このシオンの土地、エルサレムにおいて!
ーーーーーーーーー
※ネフェシュの聖書的原意は、のどの渇き。今日のヘブル語では魂や生命を指します。ユダヤ人の心の深いところにあるネフェシュ(のどの渇き)は、単に水を欲する渇きではなく、聖書の神に向けられた彼等の訴え、叫び、願望、祈りなどを含んだ心の渇きをも意味します。

※※東は聖なる方角です。エルサレムにある神殿の正門(通称、黄金の門)は東側に開かれています。ユダヤ人の間では昔から、メシアが到来した際、この門から神殿に入ると信じられています。メシアが神の神殿に入られた時から、メシアの平和な統治時代が始まるとも信じられています。
祈り)「ネフェシュの渇き」は、ユダヤ人以外にも、可視的世界(現実社会)に




限界を感じる者、自己のアイデンティティーを探求する者、非可視的世界(私た




ちの心、精神世界、神との時間や空間など)になんらかの希望や平和を求める者




になら、誰にでもある、共通の渇きなのでは。その一人一人の心身の渇きを潤す




ために、ハティクバ(希望)の水が注がれますように。
聖書の詩篇125篇1〜2節:「主に信頼する人々はシオンの山[神殿の丘。モ




リヤの丘]のようだ。ゆるぐことなく、永久にながらえる。山々[神殿を囲む




山々にはオリーブ山(東側)、天望山(北東側)、今日シオン山と呼ばれる西丘




がある。]を取り囲むように、主は御民[神の言葉を守り信頼する者]を今より




とこしえまでも囲まれる。」
おまけ)エルアル航空のコーマーシャルで流れた現代版国歌(←をクリックする






とYOUTUBEで視聴できます。なかなかいいですよ!)


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