2010年5月22日土曜日

イスラエルのフルーツと聖書

今週はシャブオットがありました。シャブオットに関しては去年記事に取り上げたのでここをご覧下さい→「シャブオットその1」、「シャブオットその2」。ユダヤ教3大祭りの一つのシャブオットは、シナイ山でモーセが神の律法を受けたという聖書的伝承を記念しますが、その宗教祭に加え、農耕祭の要素も含んでいます。聖書は次ぎのように述べています。

申命記8章9〜10節「そこ(イスラエル)は、あなたが十分に食物を食べ、何一つ足りないもののない地。‥‥‥だからあなたが食べて満ち足りたとき、主が賜わった良い地について、あなたの神、主をほめたたえなければならない。」その前の節(同章8節)に神が賜ったとされる7つの産物が列記されています。それらは小麦、大麦、ぶどう、いちじく、ざくろ、オリーブ、そして蜜(なつめやしの蜜、もしくは蜂蜜)です。

世俗派はもっぱら宗教祭としてより農耕祭としての要素を強調するので、巷ではハーベスト・フェスティバル一色になることもしばしば。

今日はイスラエルを代表するフルーツ、それもタナフ(旧約聖書)にも新約聖書にも紹介されているフルーツとその聖書的特性を紹介します。


■葡萄(ブドウ):旧約時代から「ぶどう狩り」は楽しい村のイベントでした。葡萄を収穫しながら歌い踊るのです。タナフを読むと、この地の民は、収穫祭で神に感謝のうたを唄い、採れた葡萄を神に捧げたとあります。足で葡萄を潰すと赤い汁と皮が取れます。ご存知のように、その汁はワインの材料になります。残った皮は天然酵母として利用し、それでパンを膨らませた。ワイン作りがうまくいけば香しいワインになりますが、その工程で雑菌が入ると、ワインが酢に転じてしまうこともあります(バルサミコ酢のようになるのでしょうか)。新約聖書では、ナザレ人イエスがこの葡萄の木を彼自身の姿に似せたという記事があります。人の足で潰されて滲み出る赤い汁は、死刑台から流れる赤い血潮にも例えられます。その赤い汁は、どの工程を通るかで、香しいワインにも、酸っぱい汁にもなります。そのことを踏まえたイエスは、ぶどうの譬え話を語りました。それは「信じる」という工程を、どうやら聴衆に知らせたかったようです。


■無花果(イチジク):エデンの園から存在したといわれる(創世記3章7節)聖書中最も古い果物がイチジクです。イチジクは生でも乾燥させても食せる栄養価満点の美味しいフルーツです。実の収穫は夏から秋。熟した実は腐りやすく、農夫は頃合いを見て収穫します。収穫の時期が遅くても早すぎてもいけず、その「頃合い」というのが難しいのだそうです。つまり農夫のみが収穫の最善の時を知っているという訳です。イエスは「イチジクの木から、たとえを学びなさい。」(マタイ伝24章32節)と説いています。そのたとえでは「頃合い」を知る農夫が「イスラエルを守る神」で、一方、収穫の実はイスラエルなのだそうです。


ざくろ:イスラエルでは、ざくろはその色と形から最も美しいフルーツと考えられています。ざくろの萼(がく)を空に向けると冠の様に見えることから、エルサレム神殿の至聖所の柱のデザインにざくろが使われました。ペサフ(過越しの祭り)からシャブオットの時期(5旬節)に花をつけ、夏に実を結びます。その実は神に捧げられました。聖書の雅歌(4章3節)には、花嫁の高揚した美しい表情を、ざくろのようだと譬えています。またざくろは、外側の美しい容姿に加え、内側に多くの実ををつけることから、今日のイスラエルでは結婚式のパンフレット等のデザインにざくろが好んで用いられます。美しい花嫁が子宝に(そして天来の祝福に)恵まれますように、という願いを込めるようです。

■タマル(なつめやし):チグリス・ユーフラテス川が流れるメソポタミア地方の代表的な果物といえば、なつめやしです。英名はデ—ツ(デイト)、こちらではタマルと呼びます。なつめやしは荒野に流れるわずかな水分を吸収して実を結びます。蜜のように甘いなつめやしの実は生命(特に祝福された人生や永遠の命)を象徴していると言われ、イスラエルではトゥビ・シュバット(樹木の新年祭:1〜2月頃)やスコット(仮庵の祭り)の際に好んで食用されます。

オリーブ:地中海が原産とされるオリーブ。その花は5月、その実は10月と一般的に言われています。聖書時代、オリーブから取れる油は、香油の一つとして扱われ、最高品質のオリーブオイルは神に捧げられました。古代イスラエル王国では、新しい王の就任式で、その頭にオリーブオイルを垂らして祝福しました。又、その昔、オリーブの枝で笊を造ったり、オリーブ材で家具を造ることもありました。現在もカトリック教会のギフトショップではオリーブ細工を見かけます。これは聖書時代の名残というよりは、どうやらオリーブ圧搾機が起点になっているようです。聖書時代とイエスの時代、オリーブから油をとる工程で欠かせないものが石臼のような圧搾機でした。まるい石臼の中央に収穫した実を入れ、石臼を回しながら実を潰して油を取り出すという、この圧搾機。ヘブル語で「ガッシャムナ」と呼びます。イエスが取り押さえられた場所を「ゲッセマネ」と呼ぶのはこの「ガッシャムナ」を語源としていると言います。取り押さえられた現場に、オリーブ林や製油所があったのでしょうか。それとも、イエスという人物が「神に捧げる聖油となるためにオリーブの実の様に潰された」という民間信仰に起因しているのでしょうか。今日のオリーブ細工には、イエス時代から受け継がれたそのような謂れがあるのかもしれません。イスラエルに来たら、ぜひ聖書時代の圧搾機を探してみてください。



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2010年5月14日金曜日

エルサレムの呼称いろいろ

去る水曜日はユダヤ暦でイッヤル(Iyar、別称ジブ)の月の28日で、ヨム・イェルシャライム(エルサレム・デー:写真)という祝日でした。この祝日は宗教祭ではありません。1967年の六日間戦争(第三次中東戦争)後エルサレムが再統一されたことを憶える記念祭です。エルサレム旧市街 は1948年5月14日のイスラエル建国後間もなく(半日後)はじまった独立戦争(第一次中東戦争)を経て、ヨルダンに占領されてしまいました。新市街を含むエルサレム市は分離壁によっ て東西に分割されてしまいました。六日間戦争でイスラエルが勝利したことに よりそれらの分離壁は崩され、エルサレムは統一されました。建国日からユダヤ教徒が待望した聖域(神殿は崩壊したので現在は嘆きの壁が聖域とされている)での礼拝と祈祷は許されず、待つこと19年が過ぎていきました。

エルサレム・デーはユダヤ教徒ら(特にこの日は宗教的シオニスト達)には、嘆きの壁での礼拝を喜ぶ日です。今年も各地のイェシバーの学生たちがエルサレムに集結して派手にお祝いしました。宗教祭以外認めない超正統派でさえ、(聖書ではなく)国が定めたエルサレム・デーだけは例外的に認めている様ですが、世俗派と肩を並べて輪にになって踊る姿は今年も見られませんでした。「エル サレムは常に我々のものであり、二度と分割されることがあってはならない。」エルサレム・デーの挨拶をネタニヤフ首相が述べました。この演説内容は昨年同様でした。
ユーチューブで見る「エルサレム・デー」:ここをクリック

ナザレ人イエスの預言的ことばによると「異邦人の時の終わるまで、エルサレムは異邦人に踏み荒らされる」(ルカによる福音書21章24節)ことのようです。その「異邦人の終わりの時」はいつどんな時かは判りませんが、エルサレムは歴史の上では確かに踏み荒らされてきた都でした。
その歴史を踏まえた、イェフダ・アミハイの詩をひとつ紹介しましょう。
訳:村田靖子
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この都市(まち)は名前でかくれんぼ。
イェルシャライム
アル=クドゥス
サラム
ジェル
イェル
闇のなかでささやく——イヴス イヴス イヴス。
切なる憧れをひめて泣く——エリア・カピトリーナ  エリア エリア
夜 ひとり 彼女の名を呼ぶ男なら
だれのもとへでもくる。
でも ぼくたちは知っている
だれが だれのところへくるのか。

訳者の注解:エルサレムには数多くの名前がつけられてきた。時代により、支配者により名称を変えられてきたエルサレムは、今も二つの名前を持つ。イェルシャライム(ヘブル語のエルサレム)とアル=クドゥス(アラブ語:聖なる都)。
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聖書に667回(タナクのみ。新約聖書811回)登場するエルサレムは、以下のようにも聖書で呼ばれています。

サレム[創世記14章18節]、
シオン[詩篇137篇1節はじめ、聖書に154回登場]、
モリヤ[創世記22章2節]、
アドナイ・イルエ[主は見られる:創世記22章14節]、
アリエル[神のライオン:イザヤ書29章1節]、
ベトゥラ[乙女:哀歌1章16節]、
キリヤ・ネエマナ[忠信な都:イザヤ1章25節]、
ガイ・ヒザヨン[幻の谷:イザヤ22章1節]、
キリヤ・アリザ[喜びの町:イザヤ22章2節]、
キリヤト・ハンナ・ダビド[ダビデが陣を敷いた都:イザヤ29章1節]、
ドゥルシャ[後追いされるもの:イザヤ62章12節]、
ギラ[喜び:イザヤ65章18節]、
ツル・ハミショル[平地の岩:エレミヤ21章13節]、
ネヴェ・ツェデク[正義の住みか:エレミヤ書31章22節]、
キリヤト・メレフ・ラヴ[偉大な王の町:詩篇48篇2節]、
イル・ハ・エロヒーム[神の都:詩篇87篇2節]、
イル・ハ・エメット[真実の町:ゼカリヤ書8章3節]、
イェブス[士師記19章10節]、
キル[町:エゼキエル13章14節]、
オホリバ[女に内在する私の幕屋:エゼキエル23章4節]

ざっと20程挙げてみましたが、こうしたエルサレムの詩的、描写的名称は聖書にまだまだあると言われています。ちなみにクルアーン(イスラム教の聖典)には「エルサレム」の名は一度も出てきません。

参考:Jewish Agency for Israel: Names of Jerusalem







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2010年5月8日土曜日

イスラエルの魔術信仰

アテン教(古代エジプト)、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教など唯一神教を生みだしたこの地域では、多種多様の魔術文書(写真)が残されてきました。それは西アジア(バビロニア)から北アフリカ(エジプト)にかけての地域では太古から魔術信仰が存在したからです。それは現在進行形で、ユダヤ人を含むこの地域の生活の一部となっています。今も、邪視(アインハラー)、ハムサなどの魔除けグッズ、夜の魔女リリス信仰、黒魔術/白魔術などの呪術は、一神教世界の裏側にごく自然に存在しているからです。それを裏付けるかのように今月、エルサレム市のバイブルランド博物館では、現代ユダヤ人に今も影響を与える「魔術」を特集しています。この展示会は「Angels and Demons, Jewish Magic Through The Ages」と題して今月5日から始まりました。興味ある方は必見ですね。


ここで上記の魔術信仰を簡単に説明します。


夜の魔女リリス:ユダヤ教の中世からの伝承では、リリスは「アダムの最初の妻。リリスはアダムを愛したが性生活は満たされずエデンの園を去ってゆく。その後アダムはエバを愛し、これを第二の妻とした。一方でリリスは魔女(妖怪もしくは悪魔)に転じ、現在の妻を妬み、その子供たちに不幸と死をもたらす」存在として広く知られています(写真2:画ジョン・コリア作)。 今日も、魔女リリスは、幸せそうにしている妻達を妬み、夜間、風のようにスゥーと彼女らの部屋に忍び込み、その乳飲み子らを襲って病や死をもたらす存在として恐れられています。そこでリリスの嫌う青緑色(中東ではこの色には魔力があると信じられている)で窓枠を塗ったり、新生児護符を持ったりと迷信に基づく習慣が残っています。


邪視(アイン・ハラー:邪眼):これは、妬みにかられた女(魔女)の眼差しです。この目に睨まれると不吉が起こると信じられいます。邪視が自分に向けられないように、もしくはその魔術的パワーを身につけるためにと、今日では若い女性たちの間でアインハラー・アクセサリーが愛用されています(写真3)。ちなみにイスラエルでは、女が子を身籠ると、その子が生まれるまで(生後8日目まで)名前を隠しておく習慣があります。これはリリスに生まれてくる子の名を呼ばれると、その胎児に異変が生じるという迷信が背景にあるからです。


ハムサ:これは邪視に対抗する中東のお守りです。またハムサは「ハムサ、ハムサ、ツ、ツ、ツ」という不幸を免れるお呪(まじな)いの言葉です。護符としてのハムサは、掌の中央に邪眼を描いたもの(写真4)。大きく開いたその手は邪視を封じるのだそうです。ハムサはアラブ語で「5」を指します。つまり手の指5本で悪霊を祓うわけです。ユダヤ人の一般の家庭では、玄関や窓と向き合う壁にハムサを貼る習慣があります。窓から進入するリリスを追い払うためなのでしょう。ハムサ・グッズ——主にアクセサリーですが——は、イスラエル国内のどのギフトショップにも大抵置かれています。それらのお店では、観光客に「これを持つと幸運が訪れますよ。グッドラックを意味しますから。」なんて薦めています。何も知らずにオシャレだからって買うお客さんもいますが。イスラエルに来たら話題のハムサグッズを探してみてみては?


バイブルランド博物館では紀元4〜7世紀時代のハムサ護符が展示されているようです。私も近々見に行ってみようと思います。


祈り)中東の魔術信仰は歴史的に深く、ヘブライ大学には魔術文書を研究する学者達もいます。しかし聖文書ほど研究は進んでおらず、翻訳過程の文書も数多くあるようです。迷信を解くために学問が一石を投じてくれますように。それにしても一神教の裏側にある魔術的習慣が人を深く迷わせてしまうことがありませんように。イザヤ書8章18節〜22節


参考資料:[5月4日付け:"Sex and the Jewish mystic" by Sapa-DPA通信社]。
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