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2010年9月12日日曜日

アーカイブ⑥:シャッガールのステンドグラス:ヨセフとベニヤミン

ヨセフ[יוסף]
名前の意味:「(神が)加えた/増やした」(創世記30:22〜24)


「ヨセフは実を結ぶ若木。泉のほとりの実を結ぶ若木。その枝は石垣を超えて伸びる。
弓を射る者たちは彼に敵意を抱き、矢を放ち、追いかけてくる。
しかし、彼の弓はたるむことなく、彼の腕と手は素早く動く。
ヤコブの勇者の御手により、それによって、イスラエルの石となり牧者となった。
どうか、あなたの父の神があなたを助け、全能者によってあなたは祝福を受けるように。
上は天の祝福、下は横たわる淵の祝福、乳房と母の胎の祝福をもって。
あなたの父の祝福は、永遠の山の祝福にまさり、永久の丘の賜物にまさる。
これらの祝福がヨセフの頭の上にあり、兄弟たちから選ばれた者の頭にあるように。」
(創世記49:22〜26)


父ヤコブから最も愛されたヨセフは、兄達から妬みを買い、エジプトへ奴隷として売られていきます。父は彼は死亡したと思い、こうして十数年の月日が流れていきました。悲運の少年ヨセフは、その間、エジプトで苦境を乗り越え、数々の幸運にも恵まれるようになりました。やがてエジプトのパロ(君主)から宰相に任ぜられていきました。この聖書像に照らし、シャガールは「ヨセフの色」を金色としました。金色は、収穫期の麦穂であり、ヨセフの栄光を称える色なのでしょう。又、絵の左上の紫の鳥に高貴なヨセフの生き様を重ね見ました。鳥の頭の冠は、父ヤコブの祝福が彼の頭に注がれることを意味するようです。


絵の頭上に、二つの手に握られたショファール(雄羊の角笛)が描かれています。ヨセフの栄光を称えるかのように、この角笛の音は絵全体に響き渡ります。絵を鑑賞する者の耳にまで響いてきそうです。ユダヤ教の伝統では、角笛の音は、「神の招きの声」であり、真の礼拝への呼びかけです。時には「戦いの時が来た」という警報です。又メシア到来への期待から、霊的な意味での警報でもあります。さて、絵の中のショファールには、当然こうした意味合いが含まれているでしょう。


絵の左下の赤い木もまたヨセフを象徴するものです。ヨセフにはエフライムとマナセという二人の息子がおり、赤い木の二本の太い枝が二人の息子達を指しているといわれています。聖書ではこの息子達は、ヤコブの祝福を受けて、イスラエル12部族の2部族として数えられました。


ベニヤミン[בנימין]
名前の意味:「私の痛みの子」(創世記35:18)もしくは「右側の子」


「ベニヤミンはかみ裂く狼。
朝には獲物に食らいつき、夕には奪ったものを分け合う。」
(創世記49:27)

ベニヤミンは、ヤコブの最後の息子です。ヤコブが愛した妻ラケルは、ベニヤミンを出産して直ぐ亡くなりました。彼の名前には二つの意味があります。ラケルの「痛みの子」であったベニヤミンは、兄弟達から愛されて彼等の「右にいる子」となりました。「右側」は聖書では、力と祝福の形容詞です。シャガールはこの意味を捉えようとしたのでしょうか。絵の中心に11人の兄達を象徴して11個の円を描き、一つ一つの円を、兄達の象徴色で塗りました。ではベニヤミンはどこに描かれているのでしょうか。


シャガールは、絵の左下に赤い目をした狼を描きました。父ヤコブがベニヤミンを「獲物をかみ裂く狼」に例えたように、シャガールも赤い狼で例えました。


赤い狼の背後に、金色に輝くエルサレムが存在します。これはシャガールのエルサレムに対する自信の願望、または祈りなのでしょうか。よく見ると金色の町には城壁が無く、全ての者に開かれた神の都として描かれています。


2010年9月5日日曜日

アーカイブ⑤:シャッガールのステンドグラス:ダン、ガド、アシェル、ナフタリ

ダン[דן]。
名前の意味:「正しく裁いた」(創世記30:5〜6)

「ダンは自分の民を裁く。イスラエルのほかの部族のように。
ダンは、道ばたの蛇、小道のほとりに潜む蝮(マムシ)。
馬のかかとを噛むと、乗り手は仰向けに落ちる。」
(創世記49:16〜17)

「裁き」を意味するのがダンの名前です。冴えた頭の中を描いているのでしょうか。この絵には「裁き」を象徴するものがいくつかあります。まずは中央の燭台ですが、これは裁きの天秤にも見えます。その天秤の右側に赤茶色の動物が、その右手に—右手は聖書では「正義の手」を意味します—剣を持っています。次ぎに蛇です。父からおまえは蛇だと例えられたダンは、この蛇のように裁きの天秤にまとわりつく部族なのでしょうか。絵の右下にいる3頭の馬が—裁きが下ったのか—裁きの剣から目を背けています。

シャガールは、絵の中央右に彼が子供の頃住んだ「白い家」を描きました。彼は幼少期にベラルーシ共和国のヴィテプスク市で過ごしています。ダンと自身を重ねたシャガールもまた、正義を求める男だったのでしょうか。

ガド[גד]。
名前の意味:「幸運な」(創世記30:9〜11)

「ガドは略奪者に襲われる。
しかし、彼は、彼等のかかとを襲う。」
(創世記49:19)

ガドは戦士の部族と呼ばれました。ガド部族はガリラヤの肥沃な土地に住んだゆえに、周辺の異なる民族と幾度も衝突しては戦うという、常に強い防衛力を求められた部族でした。絵全体の、薄暗い緑色は、この部族の運命を物語っているのでしょうか。中央の鳥は盾で身を守り、右側の動物たちは剣を振りかざしています。火を吹く野獣は、戦争のスケールを物語っています。ちなみに、左端の塔は宿敵ペリシテ人の塔と云われています。

この戦争の渦中でけなげに植物が育っている様(左下)は、ガド族—その名が示すように—彼等の運の強さか。戦争とは対面にある命の存続と成長が描かれています。


アシェル[אשר]
名前の意味:「祝福された」「幸せにされた」(創世記30:12〜13)

「アシェルには豊かな食物があり、王の食卓に美味を供える。」(創世記49:20)

ガド族のくすんだ緑とは対象的に、アシェル族の絵はオリーブ色です。オリーブはイスラエルを代表する植物の一つです。オリーブから取れる油は美しい緑色で、香しく、体にも良く、つまり食と健康に、そして生活に(特に燭台の油として)必要不可欠な存在でした。神殿内を照らす七枝の燭台(絵の中央)にも、オリーブ油は欠かせません。オリーブは、イスラエル民族の生活と宗教の両面で「豊かさと喜び」を意味しました。絵のオリーブ色は、その「祝福された」というアシェルの意味に相応しい色です。

絵をご覧下さい。オリープの葉をくわえた鳥(絵の上)は、福音を知らせる「ノア物語の鳩」でしょうか。宙に舞いながら、平和の訪れを告げています。その真下には、王冠を頭にのせて、翼を大きく広げる鳥がいます。この鳥は、まるで自信に満ちた王のように振る舞っています。


ナフタリ[נפתלי]

名前の意味:「私は闘った」「わが戦い」創世記30章7〜8節

「ナフタリは解き放たれた雌鹿。美しい子鹿を産む。」(創世記49:21)

父の言葉にあるように、ナフタリは「鹿のように」小高い丘をかけまわる元気で勇敢な青年へと成長したのでしょう。その肉体的な美しさや強さと、神信仰から来る強さも持ち合わせていたのかもしれません。ハバクク書の記者は、神を信じる者は力を受けて、雌鹿のように高い所を駆け回ることができる(3章19節)とありませすから。こうした力を持つナフタリとその子孫は、名前のごとく「戦う」民へと成長していったはずです。さて、敵に勇敢に立ち向かう聖書像とは異なり、シャガールの鹿は実に優雅です。背景色は、砂漠の色か、夏の色か、まぶしい程に黄色です。この地域にこの色は「厳しさ」を印象づけますが、鹿の頭上には、この厳しさを一変させるような、楽しそうに宙に舞う鳥が一羽描かれています。この鳥は、勝利の喜びを体で表現しているのでしょうか。 

アーカイブ④:シャッガールのステンドグラス:ゼブルンとイサカル

ゼブルン「זבלון」
名前の意味:「一緒に住む」創世記30章20節

「ゼブルンは海辺に住む。そこは舟の出入りする港となり、その境はシドンに及ぶ。」
(創世記49:13)

ゼブルン一族は海辺で共同生活をしました。シャガールは、今まさに地中海におちようとする紅い夕陽を絵の中央に描き、全てをこの夕紅で包みました。夕紅は、父ヤコブの人生最期を映している様にも、また後に残す子供たちへの彼の燃えるような思いを描いている様にもとれます。夕紅の西の空に、舟と海の魚たちとそれらを取り巻く世界が包まれていきます。大きな2匹の魚が空に舞う様は、ゼブルンの繁栄を象徴しているのでしょうか。


イサカル「יששכר」
名前の意味:「報酬」「対価」創世記30章18節

「イサカルは骨太のろば、二つの革袋の間に身を伏せる。
 彼にはその土地が快く、好ましい休息の場となった。
 彼はそこで背をかがめて荷を担い、苦役の奴隷に身を落とす。」
(創世記49:14〜15)



父より「骨太のろば」と例えられたイサカル。ロバは馬と異なり戦争には適さず、農業に適する動物です。ならば、イサカルは平和を求める農夫の部族といます。シャガールはイサカルの色を緑「広大な畑の色」と定めました。この畑で、—父の預言にあるように—イサカルは「休息を得る」のでしょうか。ロバの頭を青く染めたのは、その休息と平和の強調でしょうか。

この絵は、葡萄の枝葉から覗き込むように描かれています。そこから緑の牧場で戯れる動物たちや平和な町を覗くことができます。この絵の中央、ロバの上に、二つの手が在ります。これは、ユダの絵と同様に「祝福の手」ともとれます。しかしこれは同じ母を持つゼブルン(赤い手)とイサカル(緑の手)の兄弟愛の堅さを表現したとのことです。

2010年9月1日水曜日

アーカイブ③:シャガールのステンドグラス:ユダ

ユダ[יהודה]。
名前の意味:「ありがとう」「賛美」
(創世記29章35節)

「ユダよ、あなたは兄弟達に称えられる。あなたの手は敵の首を押さえ、父の子達はあなたを伏し拝む。ユダは獅子の子。私の子よ、あなたは獲物を取って上って来る。彼は雄獅子の様にうずくまり、雌獅子の様に身を伏せる。誰がこれを起こすことができようか。王笏はユダから離れず、統治の杖は足の間から離れない。ついにシロが来て、諸国の民は彼に従う。彼はろばをぶどうの木に、雌ろばの子を良いぶどうの木につなぐ。彼は自分の衣をぶどう酒で、着物をぶどうの汁で洗う。彼の目はぶどう酒によって輝き、歯は乳によって白くなる。」(49:8〜12)

父ヤコブは、葡萄酒で染めた赤い衣で四男ユダを祝福したかったのか。後にユダの部族からは、ダビデやソロモンという王が誕生します。シャガールもワインレッドを基調としてこの絵を手掛け、絵の上に王冠を描きました。その冠の中に「ユダ」という名前をヘブル語で刻んでいます。

開いた手は、祝福の手。神の都エルサレムで、来るべき王を仰ぐ手です。
中央には紅いライオン。シャガールはその目を青く塗りました。ライオンの背後には、光に包まれる「エルサレム」も描きました。こうして「獅子の子ユダ」に相応しく、美しく雄々しく栄えるユダとイスラエルの民を強調しました。

今日、エルサレムが、市のシンボルマークに「ライオン」を選んだのは、この「獅子の子」という父ヤコブの祝福が背景にあるようです。ちなみに、右下に(よく見えませんが‥)シャガールのヘブル語によるサインがあります。シャガールは12枚描いた絵の中、この絵にのみサインをし——それもヘブル語で名を残すことによって——ユダヤ民族の一員としての誇りを見せました。

アーカイブ②:シャガールのステンドグラス:シメオンとレビ

シメオン[שמעון]。
名前の意味:「聞かれた」もしくは「彼(神)は聴く」
(創世記29章33節)

「シメオンとレビは似た兄弟。彼等の剣は暴力の道具。私の魂よ、彼等の謀議に加わるな。私の心よ、彼等の仲間に連なるな。彼等は怒りのままに人を殺し、思うがままに雄牛の足の筋を切った。呪われよ、彼等の怒りは激しく、憤りは甚だしいゆえに。私は彼等をヤコブの間に分け、イスラエルの間に散らす。」(49:5〜7)

2枚目も青を基調としていますが、この青には、薄暗く、暗いイメージが漂います。ここに次男シメオンと三男レビの暗い過去が反映されています。その過去とはこうです。ヤコブ一家はシケムという町に宿営していた時期、彼等の妹ディナが無割礼の男に性的暴行を受けました。この事件をきっかけに、シケム人は責任を感じ、憤るヤコブ一族と和解しようとしました。無割礼の民シケム人はこれを機に割礼をユダヤ人から学ぼうとしたのです。ところが怒りを自制できないシメオンとレビは割礼を受けたばかりのシケム人男子全員を殺害するという行動を起こしたのです。

絵の中央下に円が描かれています。円の中には分けられた世界が描かれています。その上の左右に赤い二つの円、二羽の鳥、そして二頭の動物が描かれています。これはそれぞれ交わることなく反対方向に向って動いています。父ヤコブの呪いを象徴しているのでしょう。


レビ[לוי]。
名前の意味:「結びついた」「つながれた」
(創世記29章34節)

三男レビに対する父の遺言は、兄シメオン同様厳しいものだったはずです。然しレビはイスラエル民族の祭司としての特別な役割を得て、12部族の中に散らされるという運命を背負うことになりました。その運命を象徴する色として、シャガールは金色を選びました。シメオンとは実に対象的な色です。二羽の鳥と二頭の動物も、シメオンの絵とは対象的に、向き合っています。表情もあります。「レビ」という名前の意味からインスピレーションを受けたのか、この絵には二者間が結びつく様が描かれています。ユダヤ人の「結びつき」を更に強調するためか、シャガールは、絵下中央に十戒を、その左右にシャバットに灯すろうそく、その手前に葡萄酒の杯を描き、その頭上にダビデの星を描きました。

2010年5月22日土曜日

イスラエルのフルーツと聖書

今週はシャブオットがありました。シャブオットに関しては去年記事に取り上げたのでここをご覧下さい→「シャブオットその1」、「シャブオットその2」。ユダヤ教3大祭りの一つのシャブオットは、シナイ山でモーセが神の律法を受けたという聖書的伝承を記念しますが、その宗教祭に加え、農耕祭の要素も含んでいます。聖書は次ぎのように述べています。

申命記8章9〜10節「そこ(イスラエル)は、あなたが十分に食物を食べ、何一つ足りないもののない地。‥‥‥だからあなたが食べて満ち足りたとき、主が賜わった良い地について、あなたの神、主をほめたたえなければならない。」その前の節(同章8節)に神が賜ったとされる7つの産物が列記されています。それらは小麦、大麦、ぶどう、いちじく、ざくろ、オリーブ、そして蜜(なつめやしの蜜、もしくは蜂蜜)です。

世俗派はもっぱら宗教祭としてより農耕祭としての要素を強調するので、巷ではハーベスト・フェスティバル一色になることもしばしば。

今日はイスラエルを代表するフルーツ、それもタナフ(旧約聖書)にも新約聖書にも紹介されているフルーツとその聖書的特性を紹介します。


■葡萄(ブドウ):旧約時代から「ぶどう狩り」は楽しい村のイベントでした。葡萄を収穫しながら歌い踊るのです。タナフを読むと、この地の民は、収穫祭で神に感謝のうたを唄い、採れた葡萄を神に捧げたとあります。足で葡萄を潰すと赤い汁と皮が取れます。ご存知のように、その汁はワインの材料になります。残った皮は天然酵母として利用し、それでパンを膨らませた。ワイン作りがうまくいけば香しいワインになりますが、その工程で雑菌が入ると、ワインが酢に転じてしまうこともあります(バルサミコ酢のようになるのでしょうか)。新約聖書では、ナザレ人イエスがこの葡萄の木を彼自身の姿に似せたという記事があります。人の足で潰されて滲み出る赤い汁は、死刑台から流れる赤い血潮にも例えられます。その赤い汁は、どの工程を通るかで、香しいワインにも、酸っぱい汁にもなります。そのことを踏まえたイエスは、ぶどうの譬え話を語りました。それは「信じる」という工程を、どうやら聴衆に知らせたかったようです。


■無花果(イチジク):エデンの園から存在したといわれる(創世記3章7節)聖書中最も古い果物がイチジクです。イチジクは生でも乾燥させても食せる栄養価満点の美味しいフルーツです。実の収穫は夏から秋。熟した実は腐りやすく、農夫は頃合いを見て収穫します。収穫の時期が遅くても早すぎてもいけず、その「頃合い」というのが難しいのだそうです。つまり農夫のみが収穫の最善の時を知っているという訳です。イエスは「イチジクの木から、たとえを学びなさい。」(マタイ伝24章32節)と説いています。そのたとえでは「頃合い」を知る農夫が「イスラエルを守る神」で、一方、収穫の実はイスラエルなのだそうです。


ざくろ:イスラエルでは、ざくろはその色と形から最も美しいフルーツと考えられています。ざくろの萼(がく)を空に向けると冠の様に見えることから、エルサレム神殿の至聖所の柱のデザインにざくろが使われました。ペサフ(過越しの祭り)からシャブオットの時期(5旬節)に花をつけ、夏に実を結びます。その実は神に捧げられました。聖書の雅歌(4章3節)には、花嫁の高揚した美しい表情を、ざくろのようだと譬えています。またざくろは、外側の美しい容姿に加え、内側に多くの実ををつけることから、今日のイスラエルでは結婚式のパンフレット等のデザインにざくろが好んで用いられます。美しい花嫁が子宝に(そして天来の祝福に)恵まれますように、という願いを込めるようです。

■タマル(なつめやし):チグリス・ユーフラテス川が流れるメソポタミア地方の代表的な果物といえば、なつめやしです。英名はデ—ツ(デイト)、こちらではタマルと呼びます。なつめやしは荒野に流れるわずかな水分を吸収して実を結びます。蜜のように甘いなつめやしの実は生命(特に祝福された人生や永遠の命)を象徴していると言われ、イスラエルではトゥビ・シュバット(樹木の新年祭:1〜2月頃)やスコット(仮庵の祭り)の際に好んで食用されます。

オリーブ:地中海が原産とされるオリーブ。その花は5月、その実は10月と一般的に言われています。聖書時代、オリーブから取れる油は、香油の一つとして扱われ、最高品質のオリーブオイルは神に捧げられました。古代イスラエル王国では、新しい王の就任式で、その頭にオリーブオイルを垂らして祝福しました。又、その昔、オリーブの枝で笊を造ったり、オリーブ材で家具を造ることもありました。現在もカトリック教会のギフトショップではオリーブ細工を見かけます。これは聖書時代の名残というよりは、どうやらオリーブ圧搾機が起点になっているようです。聖書時代とイエスの時代、オリーブから油をとる工程で欠かせないものが石臼のような圧搾機でした。まるい石臼の中央に収穫した実を入れ、石臼を回しながら実を潰して油を取り出すという、この圧搾機。ヘブル語で「ガッシャムナ」と呼びます。イエスが取り押さえられた場所を「ゲッセマネ」と呼ぶのはこの「ガッシャムナ」を語源としていると言います。取り押さえられた現場に、オリーブ林や製油所があったのでしょうか。それとも、イエスという人物が「神に捧げる聖油となるためにオリーブの実の様に潰された」という民間信仰に起因しているのでしょうか。今日のオリーブ細工には、イエス時代から受け継がれたそのような謂れがあるのかもしれません。イスラエルに来たら、ぜひ聖書時代の圧搾機を探してみてください。



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2010年5月14日金曜日

エルサレムの呼称いろいろ

去る水曜日はユダヤ暦でイッヤル(Iyar、別称ジブ)の月の28日で、ヨム・イェルシャライム(エルサレム・デー:写真)という祝日でした。この祝日は宗教祭ではありません。1967年の六日間戦争(第三次中東戦争)後エルサレムが再統一されたことを憶える記念祭です。エルサレム旧市街 は1948年5月14日のイスラエル建国後間もなく(半日後)はじまった独立戦争(第一次中東戦争)を経て、ヨルダンに占領されてしまいました。新市街を含むエルサレム市は分離壁によっ て東西に分割されてしまいました。六日間戦争でイスラエルが勝利したことに よりそれらの分離壁は崩され、エルサレムは統一されました。建国日からユダヤ教徒が待望した聖域(神殿は崩壊したので現在は嘆きの壁が聖域とされている)での礼拝と祈祷は許されず、待つこと19年が過ぎていきました。

エルサレム・デーはユダヤ教徒ら(特にこの日は宗教的シオニスト達)には、嘆きの壁での礼拝を喜ぶ日です。今年も各地のイェシバーの学生たちがエルサレムに集結して派手にお祝いしました。宗教祭以外認めない超正統派でさえ、(聖書ではなく)国が定めたエルサレム・デーだけは例外的に認めている様ですが、世俗派と肩を並べて輪にになって踊る姿は今年も見られませんでした。「エル サレムは常に我々のものであり、二度と分割されることがあってはならない。」エルサレム・デーの挨拶をネタニヤフ首相が述べました。この演説内容は昨年同様でした。
ユーチューブで見る「エルサレム・デー」:ここをクリック

ナザレ人イエスの預言的ことばによると「異邦人の時の終わるまで、エルサレムは異邦人に踏み荒らされる」(ルカによる福音書21章24節)ことのようです。その「異邦人の終わりの時」はいつどんな時かは判りませんが、エルサレムは歴史の上では確かに踏み荒らされてきた都でした。
その歴史を踏まえた、イェフダ・アミハイの詩をひとつ紹介しましょう。
訳:村田靖子
————————
この都市(まち)は名前でかくれんぼ。
イェルシャライム
アル=クドゥス
サラム
ジェル
イェル
闇のなかでささやく——イヴス イヴス イヴス。
切なる憧れをひめて泣く——エリア・カピトリーナ  エリア エリア
夜 ひとり 彼女の名を呼ぶ男なら
だれのもとへでもくる。
でも ぼくたちは知っている
だれが だれのところへくるのか。

訳者の注解:エルサレムには数多くの名前がつけられてきた。時代により、支配者により名称を変えられてきたエルサレムは、今も二つの名前を持つ。イェルシャライム(ヘブル語のエルサレム)とアル=クドゥス(アラブ語:聖なる都)。
————————
聖書に667回(タナクのみ。新約聖書811回)登場するエルサレムは、以下のようにも聖書で呼ばれています。

サレム[創世記14章18節]、
シオン[詩篇137篇1節はじめ、聖書に154回登場]、
モリヤ[創世記22章2節]、
アドナイ・イルエ[主は見られる:創世記22章14節]、
アリエル[神のライオン:イザヤ書29章1節]、
ベトゥラ[乙女:哀歌1章16節]、
キリヤ・ネエマナ[忠信な都:イザヤ1章25節]、
ガイ・ヒザヨン[幻の谷:イザヤ22章1節]、
キリヤ・アリザ[喜びの町:イザヤ22章2節]、
キリヤト・ハンナ・ダビド[ダビデが陣を敷いた都:イザヤ29章1節]、
ドゥルシャ[後追いされるもの:イザヤ62章12節]、
ギラ[喜び:イザヤ65章18節]、
ツル・ハミショル[平地の岩:エレミヤ21章13節]、
ネヴェ・ツェデク[正義の住みか:エレミヤ書31章22節]、
キリヤト・メレフ・ラヴ[偉大な王の町:詩篇48篇2節]、
イル・ハ・エロヒーム[神の都:詩篇87篇2節]、
イル・ハ・エメット[真実の町:ゼカリヤ書8章3節]、
イェブス[士師記19章10節]、
キル[町:エゼキエル13章14節]、
オホリバ[女に内在する私の幕屋:エゼキエル23章4節]

ざっと20程挙げてみましたが、こうしたエルサレムの詩的、描写的名称は聖書にまだまだあると言われています。ちなみにクルアーン(イスラム教の聖典)には「エルサレム」の名は一度も出てきません。

参考:Jewish Agency for Israel: Names of Jerusalem







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2010年1月30日土曜日

カディッシュ:追悼の祈り

あるアメリカ人女性が書いた「千の風になって(和訳)」は、墓前で泣くユダヤ人を慰める歌として日本に紹介されました。これはあくまでその個人の哀悼歌でした。実際ユダヤ人のお葬式や追悼式では、「カディッシュ」と呼ばれるユダヤ教の詩歌(追悼の祈り)を捧げます。去る1月27日のアウシュビッツ解放65年追悼式典でもこのカディッシュが捧げられました。

哀悼の意を表す時にカディッシュを捧げますが、崇高な神にのみ焦点を当てています。この寄る辺なき詩人は、最終的に神に寄り、(世の中の平和とは異なる)天来(そして天上)の平和を願っています。冥界(黄泉)に焦点を当てて「ご冥福を祈る」日本人とは死生観が根本的に違いますね。



以下はその和訳です。原文はアラム語です。

カディッシュ(和訳:sunny+k)



「神の偉大な名が、御自身の思いによって創られたこの世界で大きく崇められ、聖とされますように。願わくは、神の国が我々の生きているうちに、そしてイスラエル全家が存続している間に築かれますように。

神の偉大な名が代々限りなく、永遠に祝されますように。

あなたの聖(きよ)い名が栄光を受けて祝され、誉め称えられ、喜びで迎えられ、崇められますように。神は、(世人の)全ての祝福と賛美と誉れを持ってしてもそれ以上の存在です。その通りです。アーメン! 
平和と命が全ての者と共に、イスラエルと共にありますように。アーメン。

天において平和(シャローム)をつくられる神が、その偉大なシャロームを我々全てに、そして全てのイスラエルに分け与えて下さいますように。アーメン。」


注)カディッシュは聖書のエゼキエル書38章23節をモチーフに祈られています。
「わたし(神)は自らの偉大さと聖とを多くの国々の前に示す。
 そのとき、彼等はわたし(神)が主(救い主)であることを知るようになる。」(新共同訳)

おまけ)実際にユーチュ―ブでカディッシュを視聴してみて下さい。
カディッシュの歌(去年アウシュビッツで捧げられたもの)、聖歌隊のカディッシュラップ版カディッシュ(ラップではホローコーストの悲劇を語っています。カディッシュとラップの語りが絶妙に合致していて、なんだか涙を誘います。私は世俗人なのでこっちが好きです。)
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2010年1月23日土曜日

テルアビブ在住の自称「救世主」ついに逮捕

まずは1月18日付けAFP通信の日本語記事から。
_______________
1月18日 AFP】イスラエル警察は14日までに、女性や子ども数十人を監禁して奴隷化し、性的に虐待していた容疑で宗教グループのリーダーの男を逮捕した。


逮捕されたゴエル・ラツォン(Goel Ratzon)容疑者(59)はイスラエルのテルアビブ市周辺の数か所で、狭いアパートの部屋に少なくとも女性17人、子ども40人の計57人を監禁していたとみられる。警察が家宅捜査に入ったあるアパートでは、「劣悪な状態」の居間に詰め込まれた女性10人と子ども17人が発見された。


ラツォン容疑者はこの数年間、宗教グループのリーダーとして知られていた。このグループに集っていた女性たちは容疑者をあがめ性的交渉をもち、容疑者の子どもたちを育てていたと言われている。警察ではラツォン容疑者が実の娘たちも強姦し、妊娠させたとみている。女性や子どもたちは行動の是非や罰を厳格に定めた「経典」の下に厳しく管理され、監禁されていた。またラツォン容疑者の「身になにかが起きた際」には、自殺するように指導されていた。


長期のおとり捜査の末、容疑者は11日に逮捕された。容疑者の弁護士は裁判所前で記者団に対し、すべての容疑について容疑者は無罪だと述べ、女性たちは自分の意思でとどまっていたと主張した。(c)AFP
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イスラエル当局の報道によると、妻たちの数は32人で、子供の数は89人となっていました。容疑者の娘らも性被害にあい、彼の子(孫?)を宿していることも明らかになっています。ところで妻と子供たちの間には次ぎの様な諸規則があったようです。1、他の男との接触を禁ずる。1、肉、煙草、酒を禁ずる。1、華美に装うな。1、妻達よ、自らの体に「ゴエル」というタットゥーを刻むが良い。そして子達にそのタットゥーをあがめさせよ。1、子達よ、私(ゴエル)を家で迎える時は私の足に接吻せよ。


とまぁリストはさらにある様です。ヘブル語ウィキペディアでは、容疑者の肩書きがポリガミスト(一夫多妻主義者)となってましたが、当然それ以上の人物ですね(怖)。こういうニュースを聞くとこの容疑者の子供たちの将来をどうしても心配してしまいます。麻原彰晃の子供たちも今どうしているのかと気になりますが。

ちなみに「ゴエル」という容疑者の名前は、聖書用語で動詞では「代償を払って買い取る:あながう」、名詞では「親近者(債務を肩代わりする関係にある人)」という意味があります(民数記5章8節、ルツ記3章12節、4章1、6、8節、ヨブ記19章25節など)。


日本語記事では「救世主」と訳されていました。これだとちょっとニュアンスボケかな。何れにせよこの容疑者に買い取られた「妻達」は奴隷ですよね。聖書では買い取られた者は「自由になる」はずなのですが‥。

結果はこうです。自称「ゴエル」は自身のカルト的奇行のゆえに重たい代償を払うことになりました。

参考資料)ヘブル語ウィキピディア:ゴエル・ラツォン
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2010年1月15日金曜日

世界最古のヘブライ文字を確認、ハイファ大学








そのまま貼付けます。
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【1月8日 AFP】古代イスラエルの王ダビデが巨人ゴリアテと戦ったされる谷で発見された3000年前の陶片に記された文字の解読を行っていたイスラエル・ハイファ大学(University of Haifa)は7日、この文字が世界最古のヘブライ文字であることを確認したと発表した。


陶片は18か月前、エルサレム郊外の「エラの谷」の要塞跡(Elah Fortress)の門のそばで発掘された。表面には、ヘブライ人やペリシテ人が使用した原カナン文字が記された5列の文字列があった(右)。


放射性炭素年代測定法によると、これらの文字は紀元前10世紀ごろのものであり、死海文書より約1000年も古いことになる。


解読を行ったゲルション・ガリル(Gershon Galil)氏によると、これらの文字は奴隷や寡婦、孤児に関連した社会的な声明であり、使用された言葉や概念はヘブライ語とヘブライ社会に特有のものだという。


また、このように初期のヘブライ語が発見されたことで、聖書が書かれた年代が現在の定説を数世紀さかのぼる可能性もあるという。なお、これらの文字は聖書の言葉と似ているが、聖書の文句を流用したのではないことは明らかだという。(c)AFP 
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記事の中にある「聖書が書かれた年代の現在の定説」とは、モーセ五書をはじめ旧約聖書の他の史書を編集したと言われている律法学者エズラの時代です。これを定説にしているのはイスラエル国においてはヘブライ大学の聖書研究者を初めとする文書仮説の支持者たちです(もともとは19世紀のヴェルハウゼン聖書学博士を中心にキリスト教プロテスタント系の学者達が世界に広めた学説でしたが、その後、度重なる聖書学会で混乱を招き、今ではそのプロテスタント系が最もこの学説を批判的に見ていると言われています)。ちなみに文書仮設の支持者はトーラーを記したモーセを非歴史的人物と見なしています。そういう立場に立つユダヤ人学者達がエルサレムには数多くいるので、今回のニュースはハイファ大学の聖書学者からヘブライ大学の聖書学者たちへの挑戦状だと私は読みました。


また今回発見された断片の文字が「ダビデの時代」ということは実に衝撃的です。ダビデという人物に関しても、考古学上その存在を立証できるものは殆どなく、ダビデが築いたイスラエル王国の規模なども含めて聖書考古学者たちの間で、半世紀以上もの間バトルが繰り広げられているからです。


関連文書)1月9日付けエルサレムポスト紙:Shalhevet Zohar の記事
祈り)これで聖書言語がどのように進化し発達したかがより明らかにされますように。
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2009年12月4日金曜日

ハヌカは「ユダヤ版クリスマス」?


年々派手になる世界各地のクリスマス商戦で、特に米国のクリスマス宣伝が功を奏したのか、同時期に祝うハヌカ祭も一般に知れ渡るようになりました。米国では大衆向けにハヌカを売り物にしているのか、アメリカンジューの家庭にはハヌカブッシュなるものまでが存在します(写真)。それが「ユダヤ版クリスマス」の謂れにもなっているようですが。ハヌカはクリスマスと時期的に重なる点と史実に基づいているという点では類似しています。ところが祭りの起源とされる出来事が全く違うので、とてもユダヤ版クリスマスとは言えません。ちなみに冬が到来する度に熱狂的キリスト教徒は、世界がクリスマスを中心に回っているかのように宣伝しお祝いします。けれども祝日の12月25日、クリスマスツリー、サンタクロースやトナカイ、クリスマス色の緑と赤は史実に基づいているとはいえず、こうした伝統を基にするならクリスマスは「異教の香り」を放つだけになってしまうでしょう。クリスマスの時期になるとベツレヘムにまでサンタクロースが出没する(!)時代ですから、エルサレムの住民の目にはクリスマスは不可思議なお祭りです。そんなクリスマスと同一視されるのはユダヤ教徒としては嬉しいものではないはずです。実際エルサレムで「メリークリスマス」と挨拶を交わすものなら、冷ややかな視線を浴びるだけです。そこでハヌカとクリスマスをごっちゃにしてしまう方に、ハヌカがどのようなお祭りなのか以下に記してみたいと思います


時期:キスレブ(ユダヤ暦の冬期にあたる)の25日から8日間(外典マカバイ記4章59節)。これは「キスレブ月25日」であって12月25日ではありませんよ。起源とされる出来事はナザレ人イエスの誕生より160年以上前のもの。今年は12月12日からの8日間です。その起源とされた出来事については次ぎの回で紹介することにしましょう。

名称:ハヌカ祭。別称、光の祭典(ハヌカ期間中ろうそくに火を灯すお祭りなので)。宮清めの祭り(または神殿奉献記念祭)。ちなみにクリスマスの主人公のナザレ人イエスもユダヤ人だったのでハヌカ祭をお祝いしています(新約聖書のヨハネ伝10章22節から数節)。


伝統: ハヌカ祭にも、後代に付加されて今日の伝統になったもの、例えば「駒あそび」や油揚げのお菓子や料理などもあります。ハヌカ・ドーナツ(“スフガニヤー”)は私の好物なので、作り方サイトを紹介しましょう→クックパットよみ魔女さんのレシピー」。異邦人に最も知られている伝統は、ハヌキヤ(8本の燭台)を使うことです。ハヌカ祭が始まった日の日没に、この8本ある燭台の一本目にろうそくを灯します。ハヌキヤは毎晩一本ずつ8日連続で灯されていきます。エルサレムの住宅街(特に旧市街のユダヤ人地区)を夜に歩けば、窓際に置かれたハヌキヤが、冬の寒さと暗闇を忘れさせてくれます。


聖書から考えるハヌカ:「神への奉献」を意味するハヌカ(חנוכה)という言葉は、ネヘミヤ記12章27節に使用されています。後のハヌカ祭を指す用語になる以前、この言葉には異教徒に侵されたエルサレムを再び取り戻し、神殿を神様へ奉献するという意味がありました。ハヌカ祭は「マカベア戦争に勝利し、神殿を取り戻した記念祭」ですから、この言葉の意味と合致します。同時にハヌカという名詞の語根(ח,נ,כ)を動詞に変えると「子供に教える」という意味になります。ハヌカ祭の「神の宮は常に聖書の民の中心に置かれる」というメッセージは将来を担う子供たちへ教え伝えたい内容です。エルサレムからだいぶ離れた欧米ユダヤ社会でも、クリスマスツリーを真似るだけじゃなく同じハヌカ・メッセージが語られているといいですよね。このかわいい写真はYnet紙から借用。

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2009年11月20日金曜日

昨年指定されたイスラエルの祝祭日:エチオピア系シグド祭

昨年7月、クネセット(イスラエル国会)はエチオピア系ラビの申請を受けていたエチオピア系ユダヤ人の宗教祭、シグド祭 [Sigd]を正式にイスラエル国の祝祭日に指定しました。シグド祭はユダヤ暦ヘシュバン月[חֶשְׁוָן:意味は8番目の月。時期的にはユダヤ宗教暦から数えて8ヶ月目の晩秋の29日にお祝いします。まだ制定されたばかりで、非エチオピア系の国民にはまだ馴染みがありません。そこでシグド祭を紹介させていただきます。


私も実は先週はじめてシグド祭の存在を知った者なので、このブログに載せるために勉強してみました。簡単に申し上げると、ユダヤ教のシャブオット祭のエチオピア版です。このシャブオット祭は、ペサフ祭(過ぎ越し祭:出エジプトの記念祭)から数えて7週間後に持つ祝祭で、シナイ山麓に居住していたイスラエルの民のために神がシナイ山頂でモーセを通して与えた十戒とその他もろもろの教えを記念してお祝いします。しかしエチオピア系ユダヤ教の伝統では、神の律法は、ソロモン時代、分裂王国時代、捕囚と離散時代を経て、イスラエルの民に忘れられていき、再び神の教えに立ち返り、律法を読み直したのがエズラ・ネヘミヤの時代だった。その時期が、ヨムキップール(ユダヤ新年に持つ悔改めと罪のあがないの日)明けから数えて7週目だったというのです。そしてヨムキップール明けの仮庵祭が喜びの週であるように、このシグド祭ではヘシュバン月の29日の週に詩篇を読み、歌って踊り、喜ぶのだそうです。

というわけでシグド祭も、シャブオット祭とコンセプトは同様らしく、律法を授かったことを喜ぶお祭りのようです。正確には律法授与ではなく律法再読の喜びだと思いますが。詳しくは聖書のネヘミヤ記8章1〜3節でご確認下さい。

国の祝祭日として指定されて2年目の今年、シグド祭は先週の11月16日(月)から始まっています。この日は国内から3500人(非公式のニュースでは一万人)のエチオピア系ユダヤ人達が都上りをし、エルサレムで集会を開きました。

祈り)エチオピア系ユダヤ人はイスラエル国に約12万人いると言われています。エチオピア人にとり、シグド祭は自分たちのユダヤ性の保持に加え、この国で民族的アイデンティティーを主張できる祭りです。エチオピア系ユダヤ社会に今週シグド祭の喜びが満ちあふれますように。

参考)11月17日付け:エルサレムポスト紙
エチオピア系ユダヤ人のHP:宗教、言語、食事、音楽、伝統などを簡単に紹介しています。
・こちらはシグド祭の写真集:クリック
写真)1枚目(Jewish Daily Forward: Nathan Jeffay)、2枚目はエチオピア系ユダヤ教のラビ達。(写真家:Melanie Lidman)
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2009年10月12日月曜日

お正月明けの報告:宗教面

私のお正月は病と共に始まり、イスラエルの長いお正月を締めくくるスコット週が明けた今日この頃、体調が戻ってきました。神が、己を振り返りゆっくりと休むようにとユダヤ人に定めたこの時期、私自身も異邦人でありながら特別な体験をさせて頂きました。ユダヤ暦で5770年の最初のブログも今日から気持ちを改めて再開させていただきます。このブログの読者の皆さん、ご支援を今後も宜しくお願い致します。


さて、ユダヤ暦のお正月期間のご報告をさせていただきます。宗教面から。


ロシュ・ハシャナヨム・キップール

ユダヤ暦5770年目の今年は、西暦で9月19日に新年が明けました。元日と二日目はロシュ・ハシャナと呼び、世界中のユダヤ人の間では盛大に祝われます。ユダヤ教の伝承では ティシュレイ (ユダヤ民間暦の一月)の元日が人間アダムとエバが創造された日とされています。ですから5770という数字は最初の人類であるアダムとエバが創造されてからの年月ということになります。ティシュレイ の元日は、同時に終末(今の世界が終焉を迎える時)における神の審判の日とも考えられています。そのためユダヤ暦のお正月から10日間は、宗教的ユダヤ人たちの間では祝賀ムードはおあずけとなり、とても厳粛な空気の中で、神の前に罪を告白する時となります。敬虔なユダヤ教徒であれば、誰しもがシナゴーグ(会堂)に足を運び、自らの罪を悔い改めます。正統派の人達はタオル持参で会堂に入ります。何故タオルなの?と思いますが。神の前で流した涙をそれで拭くのでしょうかね? 彼等はまた水辺に行き「ああ神よ、私の罪を取り去り、水の深みへと沈めてください。」という伝統的なフレーズで、祈りを捧げます。


元日から10日後には、聖書(レビ記23章27節)に定められた贖罪日、ヨム・キップールを迎えます。伝承では、開かれた神の「命の書」はこの日に閉じられるので、ヨム・キップールのエルサレムは完全に静まりかえります。学校や公共施設はもちろんのこと、車(バスもタクシーも)も一切走りません。そして多くのユダヤ人はこの日に食を完全に断ち、習慣的に白い服(白=きよい色)を着て神を礼拝します。この静寂しきった厳かな空気は、イスラエルでもこの町エルサレムだけに覆う特別な空気です。けれども世俗派の若者や子供たちの間では、交通が完全停止するこの日が自転車を乗り回して遊ぶ「サイクリング日」になっています。私はこの10日間を計算していたかのようにある特殊なウィルスにかかり高熱を出して動けず、エルサレムの厳粛な10日間を(私なりに)体験することになりました。



スコット祭

新年に入り最初の満月の夜、つまりティシュレイ の13日から21日までの8日間は、聖書(レビ記23章、民数記29章、申命記16章)でいう仮庵の祭りです。こちらではスコット祭と呼びます。この週は厳かな10日間の後、神の赦しを受け取る感謝の週となります。神との時間は、特別に設置した手作りの小屋(テント、仮庵、ヘブル語ではスカ)で持つよう聖書で定められています。同時に秋の収穫の時期とも重なるため、小屋の中を収穫の産物(例えばナツメや果物)で飾ります。こうしてこの小屋にお客を招いて夕食会を開きます。聖書的には、新年の喜びが神を通してこの小屋の中に運ばれると解します。イスラエルのあちこちでは小屋を建設するのを面倒がり、“あえてしない”世俗派や、しても手作りではなく“出来合いのテント”を張るだけの伝統派の人たちが過半数のようです。または小屋では過ごさないが、“とにかく家を離れて旅に出る”というユダヤ人もいるようです。これはアメリカン・ジューから聞いた話。


聖書を掘り下げるなら、スコット週はこの小屋で7日間生活するよう定まっており、その週の中で自らの歴史を振り返り、特にエジプトから逃れて神とシナイ山やネゲブの荒野で過ごした40年間を振り返ります。8日目には神の前で集会を開き、約束の地に着いた感謝と喜びを証しします。8日目の集会をシムハット・トーラー[“聖書の喜び”という意味]と呼びます。正統派ユダヤ教徒はモーセ五書(創世記、出エジプト記、レビ記、民数記、申命記)を一年を通じて通読し、スコット週にその通読が終了するように読むからです。彼等は、聖書通読の完了とまた再び聖書通読を開始する喜びをお祝いします。この8日目は正統派にとっては一年で最も喜ばしい日となります。厳格な正統派とはいえ、この日ははめを外して一日中歌って躍ります。ちなみに私達日本人に馴染みのあるイスラエル民謡「マイムマイム」は、そもそもこのシムハット・トーラーに歌って躍る歌のようです。



写真とおすすめ映画

上の写真は「ウシュピジン」という題の2005年のイスラエル映画のクリップ写真。この映画は、エルサレムで信仰生活を始めたあるユダヤ教徒の夫婦の物語りで、スコット祭を背景に描いています。物語の主人公は、もともと世俗派のユダヤ人男性で、宗教的に目覚めた後は超正統派となりました。男はまじめな女性と結婚して“ある事件が起きるまで” 幸せに暮らしていました。スコット週に起きた幾つかの事件は「神に立ち返り、全てをやり直したいと願う男」には、実に酷な事件となりました。ここで信仰が試されていくのです。子供に恵まれない妻に喜びは無く、それらの事件を通して二人の結婚生活に終わりがきます。そしてシムハット・トーラーは喜びの日に転じていくはずなのに、男には喜びも希望もありません。その時男は神に言いようの無いうめきをあげて訴えました。信仰を捨てたかのようにも見えました。しかし最後の最後に、男は神の奇跡を経験して歓喜の声をあげて涙するのです。映画の中で流れる、アディ・ランの歌は心を揺さぶります。 この時期のスコット祭やユダヤ教的祈りと信仰を知るには、この映画は最高のセレクションです。


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