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2010年1月15日金曜日

世界最古のヘブライ文字を確認、ハイファ大学








そのまま貼付けます。
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【1月8日 AFP】古代イスラエルの王ダビデが巨人ゴリアテと戦ったされる谷で発見された3000年前の陶片に記された文字の解読を行っていたイスラエル・ハイファ大学(University of Haifa)は7日、この文字が世界最古のヘブライ文字であることを確認したと発表した。


陶片は18か月前、エルサレム郊外の「エラの谷」の要塞跡(Elah Fortress)の門のそばで発掘された。表面には、ヘブライ人やペリシテ人が使用した原カナン文字が記された5列の文字列があった(右)。


放射性炭素年代測定法によると、これらの文字は紀元前10世紀ごろのものであり、死海文書より約1000年も古いことになる。


解読を行ったゲルション・ガリル(Gershon Galil)氏によると、これらの文字は奴隷や寡婦、孤児に関連した社会的な声明であり、使用された言葉や概念はヘブライ語とヘブライ社会に特有のものだという。


また、このように初期のヘブライ語が発見されたことで、聖書が書かれた年代が現在の定説を数世紀さかのぼる可能性もあるという。なお、これらの文字は聖書の言葉と似ているが、聖書の文句を流用したのではないことは明らかだという。(c)AFP 
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記事の中にある「聖書が書かれた年代の現在の定説」とは、モーセ五書をはじめ旧約聖書の他の史書を編集したと言われている律法学者エズラの時代です。これを定説にしているのはイスラエル国においてはヘブライ大学の聖書研究者を初めとする文書仮説の支持者たちです(もともとは19世紀のヴェルハウゼン聖書学博士を中心にキリスト教プロテスタント系の学者達が世界に広めた学説でしたが、その後、度重なる聖書学会で混乱を招き、今ではそのプロテスタント系が最もこの学説を批判的に見ていると言われています)。ちなみに文書仮設の支持者はトーラーを記したモーセを非歴史的人物と見なしています。そういう立場に立つユダヤ人学者達がエルサレムには数多くいるので、今回のニュースはハイファ大学の聖書学者からヘブライ大学の聖書学者たちへの挑戦状だと私は読みました。


また今回発見された断片の文字が「ダビデの時代」ということは実に衝撃的です。ダビデという人物に関しても、考古学上その存在を立証できるものは殆どなく、ダビデが築いたイスラエル王国の規模なども含めて聖書考古学者たちの間で、半世紀以上もの間バトルが繰り広げられているからです。


関連文書)1月9日付けエルサレムポスト紙:Shalhevet Zohar の記事
祈り)これで聖書言語がどのように進化し発達したかがより明らかにされますように。
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2009年9月6日日曜日

またもや“ダビデの町”で3700年前のカナン時代の要塞跡が見つかる!

ダビデの町は今から約3千年前に存在した、世界で最も古い町の一つです。先週(9月2日)イスラエル考古庁より「ダビデの町」で再び新しい発見があったとの発表がありました。内容は、ダビデが築いたイスラエル王国時代よりさらに700年古い、高さ8m級の巨大な要塞壁跡が、ダビデの町とキデロンの谷との間で見つかったというものです(写真)。調べでは、この石壁は3700年前のカナン人の手により建造されたもののようです。聖書でダビデがエブス人から攻めとったとされるこの場所(ダビデの町)は「シオンの要害」として記録されています。シオンの要害には、何千年も前から水を絶やしたことのない泉と自然にできた地下水路(後の紀元前700年頃に、ユダヤ人の王、ヒゼキア王によって手が加えられ、現在は“ヒゼキヤのトンネル”として知られています)が存在しました。乾燥地に水が湧いているのですから、ここは太古の昔から“特別な場所”だったようです。ユダヤ人の中にはこの特別な場所こそが、創世記に記された神の園“エデン”と考える人もいるくらいです。

今回の調査を通して、この石壁はカナン人が泉を敵から守るためのもので、この地はカナン人の要塞だったということが分かりました。調査隊ディレクターはロニー・レイヒ博士(Ronny Reich:ハイファ大学の教授、考古学者)。博士は8メールの壁の高さに驚いており、これは当時この地に土着したカナン人の高い文化を裏付ける発見だと述べています。詳しくは、CNNビデオで現場の様子が見れます。

ところでカナン人はいったいどのような人種だったのでしょうか? 言語学の観点では、ヘブル語と同じセム語派のようです。聖書的には、地球規模の大洪水を生き延びたノアの孫カナンを父祖に持つようですが‥‥。考古学的にはカナン人の存在はまだまだ謎めいています。

参考)9月2日付けエルサレム・ポスト紙

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2009年9月5日土曜日

“ダビデの町”で3世紀のローマ人の住居群が見つかる。

東エルサレムに位置する「ダビデの町」は、聖書の記録では“シオンの要害”として知られ、今から約三千年前に、イスラエル全部族の王とされたダビデ王がイスラエル民族の中心地として選び取った所です(写真)。聖書サムエル記下5章6〜9節の記録では、このシオンの要害をエブス人から攻め取った、とあります。ダビデの息子、ソロモンの時代に、この場所とその北の丘に王宮と神殿が据えられ、正式にイスラエルの都と成りました。このダビデの町、もしくは「シオンの要害」は今日、世界で最も考古学上重視され、ここ70年に渡っては発掘調査が続けられている所です。


先月17日、イスラエル考古庁は、この場所で3世紀のローマ人の住居遺跡が発見されたと発表しました(写真2枚目)。調べでは、この遺跡は一平方キロメールに及ぶ、二階建て住居群だったようで、イスラエル考古庁によって現在調査が進められています。調査隊ディレクターは、ベン・アミ博士(Dr. Doron Ben-Ami)。博士は、これらの建造物は4世紀(363 A.D.) にイスラエル全土を襲った大地震で崩壊し、ローマン・コロニーが壊滅しただろうと述べています。詳しい記事はここを

ちょこっと歴史:イスラエルの地を「パレスチナ」とする呼び方は、2〜4世紀にこの地域に居住したローマ人が聖書名(ヘブル名)を捨て、ローマ式に改名し、広めた呼び方です。これは「バル・コクバの乱」として知られる第二次ユダヤ戦争(132~135 A.D.)の後、当時ユダヤ軍を鎮圧したローマ皇帝ハドリアヌスが、ユダヤ人を嫌い、ユダヤ色を払拭するためにこの地を「シリア・パレスチナ」と呼んだことから始ります。加えて、ハドリアヌス帝は、聖書時代からエルサレムとされてきたユダヤ人の都も、「アエリア・カピトリーナ」Aelia Capitolinaとローマ式に改名しました。こうしてイスラエルの神殿や王宮がローマ人の手により破壊され、ローマ風の建築郡がこの地一体を覆い尽くしました。

今回の遺跡で分かった事はなんでしょうか。ローマ人が、ユダヤ人の都を壊して、荘厳なローマン・コロニーを築けたとしても、363 A.D.の大地震を予知し、壊滅を防ぐことができなかったということでしょうか。聖書名エルサレムを改名し、この地のユダヤ色を消そうとしたローマ人の壊滅の様子を、1700年経った後にユダヤ人の発掘隊に調査されるとは。単なる歴史のいたずらというより、エルサレムを守る大いなる方の存在を感じます。

写真)「ダビデの町」は、Biblical Hebrew Blog から借用。参考記事)8月17日付けエルサレム・ポスト紙

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2009年7月10日金曜日

ヘロデ大王時代の「石切り場」見つかる


今月6日月曜日、イスラエル考古庁からニュースが入りました。それは約二千年前のヘロデ大王時代のものと思われる「石切り場」をエルサレムで発見したというもの。場所はシュムエル・ハナビ通り(Shmuel HaNavi Street)の地下。この石切り場は約100平方メートルの領域におよび、ヘロデ大王時代の最も大きな石切り場として考えられています。さて、切り出された石はヘロデ時代の神殿改築/増築のために使用された石なのでしょうか。そこで切り出された一枚岩で最も大きな石を測ってみると、その寸法は長さ3m、高さ2m、奥行き2mという大きさとなり、「なげきの壁」や神殿のいしずえとして据えられた石に酷似しているということです。そう分析するのは発掘隊ディレクターのイスラエル人考古学者オフェル・シオン氏(Ofer Sion)。彼の2週間にわたる発掘調査で、石切用の道具や紀元前一世紀時代の貨幣も同現場で見つかりました。要するに紀元前一世紀のエルサレムの建設プロジェクト(特に神殿改築)の規模を知る上で、これらは重要な発見となりました。

この石切り場をこの目で見たいという人達は沢山いるはずです。ところが数週間後にはこの場所は埋められ、アパートが建設される予定ということです。



*ヘロデ大王は、ローマ帝国によりユダヤ地区の政治を任された王で、任期は紀元前37〜4年の33年間だったようです。同王はナザレ人イエス誕生時に「救世主誕生」を恐れてベツレヘム周辺の赤児をことごとく殺害させた悪王として当時最も恐れられ、またエルサレムの神殿改築、湾岸都市カイサリア、要塞都市ヘロディオン(この場所でヘロデ大王の墓も発見されている。)またマサダ要塞などを建設した王として名高い王です。

詳しくはウィキペディアでお読み下さい。

参考)7月6日付、ハアレツ紙


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