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2010年5月14日金曜日

エルサレムの呼称いろいろ

去る水曜日はユダヤ暦でイッヤル(Iyar、別称ジブ)の月の28日で、ヨム・イェルシャライム(エルサレム・デー:写真)という祝日でした。この祝日は宗教祭ではありません。1967年の六日間戦争(第三次中東戦争)後エルサレムが再統一されたことを憶える記念祭です。エルサレム旧市街 は1948年5月14日のイスラエル建国後間もなく(半日後)はじまった独立戦争(第一次中東戦争)を経て、ヨルダンに占領されてしまいました。新市街を含むエルサレム市は分離壁によっ て東西に分割されてしまいました。六日間戦争でイスラエルが勝利したことに よりそれらの分離壁は崩され、エルサレムは統一されました。建国日からユダヤ教徒が待望した聖域(神殿は崩壊したので現在は嘆きの壁が聖域とされている)での礼拝と祈祷は許されず、待つこと19年が過ぎていきました。

エルサレム・デーはユダヤ教徒ら(特にこの日は宗教的シオニスト達)には、嘆きの壁での礼拝を喜ぶ日です。今年も各地のイェシバーの学生たちがエルサレムに集結して派手にお祝いしました。宗教祭以外認めない超正統派でさえ、(聖書ではなく)国が定めたエルサレム・デーだけは例外的に認めている様ですが、世俗派と肩を並べて輪にになって踊る姿は今年も見られませんでした。「エル サレムは常に我々のものであり、二度と分割されることがあってはならない。」エルサレム・デーの挨拶をネタニヤフ首相が述べました。この演説内容は昨年同様でした。
ユーチューブで見る「エルサレム・デー」:ここをクリック

ナザレ人イエスの預言的ことばによると「異邦人の時の終わるまで、エルサレムは異邦人に踏み荒らされる」(ルカによる福音書21章24節)ことのようです。その「異邦人の終わりの時」はいつどんな時かは判りませんが、エルサレムは歴史の上では確かに踏み荒らされてきた都でした。
その歴史を踏まえた、イェフダ・アミハイの詩をひとつ紹介しましょう。
訳:村田靖子
————————
この都市(まち)は名前でかくれんぼ。
イェルシャライム
アル=クドゥス
サラム
ジェル
イェル
闇のなかでささやく——イヴス イヴス イヴス。
切なる憧れをひめて泣く——エリア・カピトリーナ  エリア エリア
夜 ひとり 彼女の名を呼ぶ男なら
だれのもとへでもくる。
でも ぼくたちは知っている
だれが だれのところへくるのか。

訳者の注解:エルサレムには数多くの名前がつけられてきた。時代により、支配者により名称を変えられてきたエルサレムは、今も二つの名前を持つ。イェルシャライム(ヘブル語のエルサレム)とアル=クドゥス(アラブ語:聖なる都)。
————————
聖書に667回(タナクのみ。新約聖書811回)登場するエルサレムは、以下のようにも聖書で呼ばれています。

サレム[創世記14章18節]、
シオン[詩篇137篇1節はじめ、聖書に154回登場]、
モリヤ[創世記22章2節]、
アドナイ・イルエ[主は見られる:創世記22章14節]、
アリエル[神のライオン:イザヤ書29章1節]、
ベトゥラ[乙女:哀歌1章16節]、
キリヤ・ネエマナ[忠信な都:イザヤ1章25節]、
ガイ・ヒザヨン[幻の谷:イザヤ22章1節]、
キリヤ・アリザ[喜びの町:イザヤ22章2節]、
キリヤト・ハンナ・ダビド[ダビデが陣を敷いた都:イザヤ29章1節]、
ドゥルシャ[後追いされるもの:イザヤ62章12節]、
ギラ[喜び:イザヤ65章18節]、
ツル・ハミショル[平地の岩:エレミヤ21章13節]、
ネヴェ・ツェデク[正義の住みか:エレミヤ書31章22節]、
キリヤト・メレフ・ラヴ[偉大な王の町:詩篇48篇2節]、
イル・ハ・エロヒーム[神の都:詩篇87篇2節]、
イル・ハ・エメット[真実の町:ゼカリヤ書8章3節]、
イェブス[士師記19章10節]、
キル[町:エゼキエル13章14節]、
オホリバ[女に内在する私の幕屋:エゼキエル23章4節]

ざっと20程挙げてみましたが、こうしたエルサレムの詩的、描写的名称は聖書にまだまだあると言われています。ちなみにクルアーン(イスラム教の聖典)には「エルサレム」の名は一度も出てきません。

参考:Jewish Agency for Israel: Names of Jerusalem







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2009年12月27日日曜日

シモン・ペレス大統領:クリスマスの祝賀挨拶

個人的には今年のクリスマスも前年通り静かに流れ去っていきました。ユダヤ人の友人たちからは「ベツレヘムへ巡礼に行くのか」とか「クリスマスツリーは家に飾っているのか」などと聞かれました。が、今年も私の返答は「行きません」「飾りません」とあっけなく終わります。別にクリスマスをボイコットしているわけではありませんが。休日のないイスラエルでクリスマスに外出するのも、どこにも売っていない“ツリー”を探すのも無理だと思いませんか?


年間を通じて観光客を呼び寄せるベツレヘム市の人口は、12月24日にピークを迎え、この日、3万2千人の住む同市の人口が観光客や巡礼者で1.5倍に膨らみました。今年はクリスマス・ロックコンサートまで開催され、実に物見高い群衆で賑わったようです。市民はこの時とばかりにクリスマスを売り物にして商売に大忙し。今年はベツレヘムのホテル業界も顔がほくほくだったとか。今年もミサやコンサート、建物と装飾品、光のイルミネーション、ミサ参列者の顔ぶれ(アッバス議長とか)、そしてサンタクロースまでも宣伝材料にして、ベツレヘムの観光業界は集客率を上げるために躍起になっていました。業界としては成功したようですが、国民の多くはベツレヘムのクリスマス・フィーバーぶりにはそんなに関心がないようでした。

エルサレムは更にベツレヘムの空気とは異なります。この街ではキリスト教関係施設以外の公の場でクリスマス祭を体験することはありません。一部のユダヤ人のみがキリスト教徒たちに気を配り「ハグ・サメアフ(良い祭日を!)」と声をかけ、キリスト教徒たちもユダヤ人たちに気を配って「メリークリスマス!」とはあえて挨拶をせず、その場の空気を読みながら臨機応変に対応している感じです。イスラエル特有の宗教的断絶感を味わうには、クリスマスの時期にベツレヘムではなくエルサレムを訪れるのがベストかもしれません。

ただ例外として、今月25日に開催されたYMCAのクリスマス集会や旧市街内のルーテル教会の礼拝には多くのユダヤ人達が出席した様です。ユダヤ人女性のあるブロガーが写真付きで記事にしています。私もこうした市内の集会の一つに出席してきましたが、そこも会衆の四隅からヘブル語を話す声が聞こえてきて、エルサレムには不似合いな雰囲気に驚きました。これらのユダヤ人達はメシアニック・ジューでも正統派ユダヤ教徒でもなく、世俗派で無宗教のユダヤ人だと思います。もしくは平和主義者の左派だと思いますが。「メリークリスマス」の挨拶一つで政治的宗教的ニュアンスを帯びやすいエルサレムにも、好奇心旺盛な変わり者のユダヤ人たちがいるということです。

実際、彼等の中からキリスト教への理解を示すユダヤ人が増えれば、又その逆も増えれば、エルサレム住民とベツレヘム住民は(つまりは世界のユダヤ教徒とキリスト教徒が。またはパレスチナ市民が)お互いに行き来しやすくなるでしょう。そう考えた1人にシモン・ペレス大統領を挙げておきましょう。去る12月23日に、世界平和を願うペレス大統領はクリスマス祭を祝う世界のキリスト教徒たちに祝賀挨拶を述べました。国内テレビでではなくインターネットででしたが、その挨拶はエルサレムから世界へ向けて配信されました(視聴したければココをクリックして下さい)。挨拶の言葉は「皆様にクリスマスのお喜びを申し上げます。来る年は平和の年、兄弟愛を分かち合う年、寛い心で受け入れる年、繁栄の年になりますように。そう共に祈ろうではありませんか。」という内容で述べられていました。ガザ戦争から一年を経て2010年に向うイスラエルとしては、当然あるべき祈りでしょうが、大統領はこの祈りを世界のキリスト教徒たちと分かち合いたいということでしょうか。

祈り)雰囲気のみで「メリークリスマス」と口にする世界に、大統領が祝賀挨拶に込めた思いなどあっさり聞き流されてしまうのではないでしょうか。又エルサレムのような、気心知れた者同士だけで隠れてクリスマスを祝う世界では、政治家たちの挨拶などリップサービス程度に聞こえるのではないでしょうか。“それでも”多くの者がクリスマスに平和と希望を願ったのなら、その願いが来年も保たれていきますように。それを願った者たちが主体的に平和をつくっていけますように。

参考)12月23日付けエルサレム・ポスト紙、12月25日付けYnet紙

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2009年10月13日火曜日

お正月明けの報告:社会面

イスラエルのお正月の前後からスコット週にかけて報道されたニュースをかいつまんでリストにしてみました。各記事は、ユダヤ人社会への影響度の大きさを考慮して私的視点で取り上げています。


9月14日:訓練飛行中のF16戦闘機が墜落し、アサフ・ラモン飛行士(21才)が死亡しました。アサフ君の父は、2003年、米スペースシャトルの事故で死亡したイラン・ラモン氏(イスラエル初の宇宙飛行士)の息子でした。アサフ君は父の死後、父を目標にパイロットの訓練を続け、トップの成績で卒業したばかりでした(写真)。アサフ君の母は「なぜ死んだの。私が先よ。私を葬るのはあなたの役目でしょ。何百人の孫達に見守られて、安らかに老いて死にたかったのに。」と泣き崩れました。ペレス大統領やネタニヤフ首相を含む、全国民がこの悲報に心を痛めました



9月16日:昨年末から3週間続いたガザ戦争に関する国連調査団のレポートが出されました。レポートの報告は、リチャード・ゴールドストーン団長(南アフリカ共和国出身のユダヤ人:写真の人物)によって書かれ、その内容は、ガザ戦争がハマス側の8年間におよぶ攻撃を封鎖するためだったというイスラエル側の主張を退け、一方的にイスラエルに戦争責任を問うものでした。又この内容は、世界各地で起きているイスラエル・バッシングを肯定するかたちになりました。このため、イスラエル国内の全ユダヤ人は衝撃を受け「ユダヤ人であるゴールドストーンに裏切られた」と口々に言いました。国民の声を代表し、ペレス大統領は「この報告は歴史を曲げ、あざけっている」とその内容を批判しました。数日後、米国務省も、この内容はハマスの違反行為には殆ど触れず、一方的に断罪していると非難しました。



9月16日:米国の俳優や監督らがイスラエル映画を上映したトロント映画祭をボイコットしました。ボイコットの理由:映画を通してイスラエル市民の暮らしを描き、イスラエルの国があたかも普通の国だと見せかけており、こうした映画作りが「イスラエル政府のプロパガンダ」だからだ、というもの。映画好きなイスラエル人は、この理由に憤怒しました。


9月17日:99歳で死去したエルサレム在住の超正統派の女性(ラヘル・クリシェフスキさん:写真の人物)が、約1400人の子孫を残して話題になりました。ラヘルさんには7人の息子と4人の娘がおり、それぞれが結婚し母に倣って10人以上もの子供を設け、次ぎの世代も祖母に倣って子沢山。ラヘルさんには孫の孫までおり、クリシェフスキ家では正確な子孫の数は不明とのことです。

9月22日:米国で、オバマ大統領、ネタニヤフ首相、アッバス議長の三者会談が開かれました。雰囲気は固く、写真撮影程度に終わりました。オバマ大統領は、イスラエルとパレスチナがどちらも和平交渉を渋っていると不満を示しました。


10月2日:ガザで誘拐されたシャリート兵士(23歳)の最近のビデオ映像と引き換えに、パレスチナ人女性の囚人20名(!)を釈放することで、ハマスとイスラエルが合意し実施されました。このビデオは9月14日に撮られた、シャリート兵士の生存を証明する3分間の映像です。写真は、この時の映像で流れたシャリート兵。この3分間の映像と引き換えに釈放された女性囚人たちとアラブ系コミュニティーは歓喜の声をあげました。シャリート兵士の父は、息子の生存に安堵したものの、高まるシャリート兵士解放への国民の期待には沈黙しました。閣僚の間では、シャリート兵士解放のために、何人のハマスのテロリストを引き換えにするかと議論が始っています。



10月6日:国連(UNRWA)が運営するパレスチナの学校では、これまでホロコーストを教えていませんでしたが、近日中にそれを見直すことになりました。現在、シリア、レバノン、ヨルダンの3国にある国連学校ではホロコーストの史実をアラブ人の子供たちに教えていません。エルサレム・ポスト紙


10月7日:イスラエルのアダ・ヨナス教授がノーベル化学賞を受賞しました(写真)。ネタニヤフ首相は「国の誇り」だとヨナス教授の功績をたたえました。イスラエル人のノーベル賞受賞者はこれで9人となりました。受賞式は、来る12月10日、ストックホルムで。エルサレム・ポスト紙。ノーベル文学賞にノミネートされていたイスラエル人作家のアモス・オズ氏は惜しくも受賞を逃しました。

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2009年9月12日土曜日

ハマス主催の夏キャンプ:10万人の子供たちへ軍事教育

去る金曜日、米国同時多発テロ9・11から8年が経ちました。あの2001年以来、テロリズムとセキュリィティーに関する報道は毎日のように世界各地で聞くようになりました。ユダヤ人にとり、テロへの恐怖は今世紀から始ったものではありません。ユダヤ人は昔も今もテロリストを育成する地域や環境には目を見張ってきましたし、それらの地域や環境に関するニュースは、昔からセキュリティー上欠くことができない情報でした。


そこでこんなニュースです。これは先日、IDF(イスラエル国防軍)が、ガザ地区のサマーキャンプの内容を調べた結果報告です。それによると、 反ユダヤ武装組織ハマスは去る7、8月、ガザ地区で700ものキャンプを「ガザの勝利とエルサレムの栄えのため("Victory for Gaza – The Glory of Jerusalem")」とのスローガンで実施し、約10万人の子供たちをキャンプに送り込んだとのことです。同地区ではUNRWA主催のキャンプもあちこちで開かれていました。しかしハマスはこちらのキャンプに子供たちが流れないように「こっちの主催者は子供たちを堕落させる」と親達に言いふらして、子供たちを自分たちのキャンプへと誘導しました。


そのハマスは自ら企画したキャンプで、ガザの子供たちに、殉教(つまりアッラーのために自爆テロリストとなること)などを含むイスラム教過激思想を吹き込み、コーランを暗唱させ、将来のテロに備えてライフルや手榴弾の使い方を教えました(写真の説明:1番目、北ガザ地区の小学校でのハマス・キャンプ。垂れ幕にはスローガンが! 2枚目、夏のキャンプ中に実施された軍事訓練。訓練を受けているのはキャンプに参加した子供たち。)


もし、これがイスラエルのサマーキャンプなら、ユダヤ人の親や教師たちは、テルアビブの海やプールで水遊びや魚釣りをさせたり、グループ工作をさせたり、博物館や美術館主催の子供プログラムに参加させたりします。あきらかにキャンプの内容には違いがあります。こうしたサマーキャンプの内容や双方の教育方針の違いをここで論じても、キャンプ後の子供たちの言動から、なにか目立った違いを指摘できるわけではありません。けれどもキャンプの結果は5年後10年後に確実に子供たちの言動に見えてくるのです。


テロリストは大人になって突然テロリストに生まれ変わるのではなくて、子供の頃からの教育に因ります。 この点を熟知しているハマスは、サマーキャンプや子供教育に惜しみなくお金を使います。 IDFレポート によるとこれらのキャンプのためにハマスは、1500人の特殊訓練を受けたキャンプ・スタッフを送り込み、キャンプ運営費に約200万ドルを注ぎ込んだとのことです。ちなみにこのキャンプ運営費には、欧米からのガザ支援金も含まれていたそうな。。。


今、イスラエルはガザ地区の子供教育を心配しています。


参考)8月29日付け、IDFレポート(写真もここから借用)


祈り)ガザ地区の子供たちはどのような大人になるのでしょうか。もしハマスがこのままガザ地区を統治するなら、こうした教育は続きます。恐ろしいのは、子供たちが知らず知らずに、民間兵として改造されてゆくことです。このままでは子供たちは救われません。ガザの子供たちの救いのために、お祈りを!


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2009年8月23日日曜日

ヨルダン国のパレスチナ系市民への冷遇措置

去る7月20日、ヨルダン政府とパレスチナ暫定自治区双方から意外な公式発表がありました。それは国王(アブドゥッラー2世)の判断で、ヨルダンに住む数千人のパレスチナ系市民の国籍が無効になるというものです。つまり市民権の剥奪です。彼等は国からの公的援助が得られなくなり、今後外人同様の扱いを受けるというのです。人口630万の約7割がパレスチナ人(親がパレスチナ人の場合、ヨルダン生まれの子供もパレスチナ人と考える)というヨルダン国にとって、これは随分と思い切った同胞への対応です。

ヨルダン国(左図の死海東側に位置。黄緑色の国)は立憲君主国家のため、民主的にパレスチナ人を政府高官には入れておらず、国民の意見は繁栄されません。政権は1921年にアラビヤ半島からやってきたアラビヤの王族(アブドゥッラー1世とその家族)が建国から今日まで実権を握っています。そのため国王の考えが政治と直結しています。そのヨルダン政府の発表では、中東戦争期間(1948〜1973年)に流入してきたパレスチナ人はパレスチナ暫定自治区へ帰るべきだというのです。この中東戦争ですが、これは1948年5月14日のイスラエル建国宣言の数時間後に、ヨルダンをはじめとするアラブ諸国が奇襲攻撃をして始った戦争です。この時パレスチナ人たちが戦争による被害を受けて難民となっているのです。難民を作ったのはイスラエルのせいではなく、戦争のせいなのです。その難民に対しての責任をヨルダンが取るというかたちになり、流浪のパレスチナ人達へはヨルダン国籍が与えらました。しかし今になって彼等に「難民帰還権」(1948年のイスラエル建国でヨルダンに避難した難民が家に戻る権利)という権利が押し付けられ、せっかくヨルダン国に落ち着いたのに彼等は国外に出るように言われているのです。国王の考えでは、ヨルダンが英国統治下にあった期間(1921年〜1948年)に流入したパレスチナ人は正式な国民なのだそうです。けれども、それ以降にヨルダンに移民したパレスチナ人を非国民と認定しまっていいのでしょうか。当然パレスチナ側は納得できません。

なぜイスラエル建国年以降のパレスチナ人はヨルダンに定住できないのでしょうか。パレスチナ人のヨルダン移住/定住に何か問題があるのでしょうか。今ヨルダン国は、ガザ在住のパレスチナ人がヨルダン国へ流入するのを恐れています。又こうした動きの水面下で、「パレスチアナ人達のヨルダン移民をイスラエル政府が歓迎している」又「ネタニヤフ首相はヨルダン国をパレスチナ国家に見立てている」等の噂も流れ始めました。こういう噂を誰が立てるのかはわかりません。勝手に噂を立てられてイスラエル側も困っている様子です。しかしヨルダン国としてはこれらの噂を認めるわけにはいかず今回の処置を取ったようです。

当然ながらこの処置は、ヨルダン人とパレスチナ人の関係を気まずくしています。ヨルダン国では、地元の青年達が「パレスチナ人はイスラエルと手を組む裏切り者だ」となじるようになり、同じアラブ人同士なのに内部分裂の兆候がでています。

またどういうわけか、このニュースはアラブ諸国では問題にはされていません。国際世論や人権団体もガザ戦争の時はパレスチナ人達への人権をあれ程叫んだのに、ヨルダン国内のパレスチナ人達が基本的人権や市民権を失い始めている現状には黙っています。黙認しているのでしょうか。もしイスラエルがヨルダン政府に倣ってイスラエル国内のパレスチナ系市民を追放でもしようものなら、アラブ諸国も欧米諸国も黙ってはいないでしょうに。世界中の人権団体もイスラエル・バッシングの大合唱を始めるでしょうに。

さらに不審な点は、ヨルダン国王のアブドゥッラー2世の妃ラーニア夫人(写真)はパレスチナ人なので彼女の立場がどうなるかです。もちろん他のパレスチナ人のように追放されることは決してありません。ラーニア夫人は、世界で最も美しい王妃といわれ、パレスチナ人の誇りでもありますから。しかし王妃としていかに同胞のもどかしい気持ちを汲み取るのでしょうか。

祈り)ヨルダン国建国の背景を考えるなら、パレスチナ人を守り、自立させるのがヨルダン国の使命だと思うのですが。。。しかし現状はそうではないようです。政治上矛盾だらけで不安定な世界にいるパレスチナ人たちのためにも、アラブ諸国のパレスチナ人に対する政策が統一されていきますように。ヨルダンを含むアラブ社会が安定しますように。

参考)7月21日付け エルサレム・ポスト紙[記者:Khaled Abu Toameh]

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2009年6月19日金曜日

カーター氏、ハマスをテロ組織リストから外すよう訴える

オバマ氏と並行してイスラエルの今週の記事に顔を出しているのが、ジミー・カーター元米大統領。

去る16日(火)、カーター氏はガザ地区を訪れ、ハマス指導者たちと会談をしました。その際、イスラエルのガザ封鎖を非難し、ハマス[イスラム原理主義のテロ組織]を米国のテロ組織リストから外すように訴えました。ハマス側の外相、アーメド・ユーセフ氏はカーター氏はガザ市民に歓迎されていると報道陣に語り、彼の発言に対しては「(パレスチナ)市民は、これが歴史的な訪問だと喜んでいる。」と加えました。


イスラエルはオバマ政権への不安を募らせつつ、裏方で活動しているカーター氏の国際世論に与える影響にさらに苦しんでいます。このカーター氏は2007年にイスラエル政権はアパルトヘイトだと非難した人物として知られています。今後のネタニヤフ政権次第ではカーター氏の”パレスチナ国建国運動”と”イスラエルたたき”は勢いを増していきそうです。



祈り)パレスチナ側とイスラエル側のどちらの地域がより民主的で、多民族に開かれ、多言語による報道の自由があるのか。アパルトヘイト、差別、第2のホロコースト加害者などとユダヤ人にレッテルを貼る政治家や一般市民が多数いますが、彼等の声が当然かのように世間に響き渡ることがないようにお祈り下さい。彼等に正しい判断力と他者への思いやりが加わることをひたすらに願います。
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2009年6月18日木曜日

ネタニヤフ首相、パレスチナ国家容認

14日のイスラエル首相の外交演説に関するロイター通信の記事全文を以下に添付します:

ネタニヤフ首相のパレスチナ国家容認、注目される米政権の出方

【ワシントン 14日 ロイター】 イスラエルのネタニヤフ首相は14日、非武装化など条件付きでパレスチナ国家の樹立を認めると表明した。しかし、中東和平プロセス再開を目指すオバマ米大統領にとっては、解決すべき問題も多く前途は厳しい。

ネタニヤフ首相は演説で、パレスチナ国家容認の条件として、パレスチナ側の非武装化とイスラエルがエルサレムを首都としたユダヤ人国家と認めることを求めた。

 オバマ大統領は、ネタニヤフ首相の発言を「重要な一歩」と歓迎し、2国共存という中東和平の解決につながるものと評価した。

 今回の演説でネタニヤフ首相は、ほとんどの争点について従来の姿勢を繰り返したが、オバマ大統領が和平実現に取り組む余地は提供したと言える。

 「2国共存を推進したいオバマ大統領の懸念という観点からすれば、ネタニヤフ氏は大統領が和平作業に取り組めるような発言をした」と言うのは、米ブルッキングズ研究所のマーティン・インダイク氏。

 同氏は、非武装化されたパレスチナ国家という考えは、クリントン元米大統領が政権後期の和平交渉で推し進めた非軍事国家に非常に近いと話す。

 また、主権を制限する条約も目新しくなく、例えば、イスラエルとエジプトの和平条約は、シナイ半島で展開できるのは警察部隊のみとしており、軍は認められていないという。

 元駐イスラエル米大使の同氏は、「つまり、非武装化国家を最初の条件とすることで、米国も全く話が始まらないということにはならない」と分析する。

 <アッバス議長の弱体化>

 外交問題評議会の中東専門家、スティーブン・クック氏は、イスラム原理主義組織ハマスと身内で争うアッバス・パレスチナ自治政府議長の弱体化につながる言葉を用いて、ネタニヤフ首相がパレスチナ国家承認を表明したとみる。

 同氏は、「首相は(右派政党の)リクード党首としては画期的なパレスチナ国家という言葉を使った。ところが、その言葉に条件を付けて何度も繰り返した言葉が非武装化だ。領空権もなく、国境は基本的にイスラエルが管理する」と話す。

 ネタニヤフ首相はまた、現在のイスラエル領土内にパレスチナ難民が帰還し、定住することを断念するよう求めた。

 この点について、クック氏は「それは、誰もがよく分かっていることだと思う。ただ、それを言葉にされると、パレスチナ難民はどうしようもない状況に追いやられる」とした上で、「ハマスと争うアブー・マーゼン(アッバス議長)には本当に何の助けにもならない」と語った。

 さらにネタニヤフ首相は、オバマ大統領が求める入植地建設の全面中止については表明せず、新しい入植地の建設とパレスチナ領土の収用については今後行わないとだけ述べた。

 しかし、ワシントン近東政策研究所のデビッド・マコフスキー氏は、意見の相違はあったとしても、ネタニヤフ氏がオバマ大統領に対し、ともに取り組むべき課題を提示したとする。

 「ネタニヤフ氏は、問題はもはやパレスチナ国家承認を拒否することでなく、国家の形であることをはっきりさせた」と指摘。「このことは重要だ。なぜなら、ネタニヤフ氏は和平プロセスには常に慎重で、プロセスがテロを助長するわなだと信じる中道右派政党のリーダーだからだ」と言う。

 一方で同氏は、ネタニヤフ首相が和平プロセスを前進させたいオバマ大統領に難しい課題を残したともみる。

 「ネタニヤフ氏はパレスチナ国家を承認したが、その分ほかに多くの条件を提示した。これでオバマ大統領がさじを投げるとは思わないが、明らかに協調できる部分は多くない」と話している。(ロイター日本語サービス 原文:David Alexander、翻訳:橋本俊樹)

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オバマ政権、支持率低下、6%に

エルサレムポスト紙の世論調査機関「スミス・リサーチ・ポール」によると、イスラエル国内でのオバマ政権への支持率は、先月の31%から6%へ急降下したと発表しました。このイスラエル市民の世論統計は、去る14日(日)のネタニヤフ首相の外交方針演説後を反映したものです。これはサンプル統計なので、国民全体の統計ではありませんが、それによると50%がオバマ氏はパレスチナ寄りであると回答しました。ちなみに36%が「彼は公平である」8%が「回答できない」としました。オバマ氏とブッシュ前米大統領を対照させた質問へは、88%が「ブッシュ氏はイスラエルを支持した」と答えました。

参考)エルサレム・ポスト紙['6% see US administration as pro-Israel'

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2009年6月6日土曜日

カイロ大学でのオバマ氏の演説

6月4日、オバマ米大統領は、エジプトのカイロ大学でイスラム世界に向けた演説をしました。その演説の中で、イスラエル・パレスチナ問題に言及し「2国家共存以外に解決策はない」と述べ、パレスチナ国家樹立を目指す姿勢を明確にしました。

演説の中でオバマ氏は、パレスチナのイスラム原理主義組織ハマスの武装闘争を非難しましたが、イスラエル政府への要求も含まれており、ヨルダン川西岸へのユダヤ人入植地建設の凍結を強く求めました。


今回、イスラエルのニュース記事の中で気になる点がありました。それはオバマ氏がイスラム教圏との関係回復を目指し、演説の中で、自身の幼少時代(彼はインドネシアでイスラム教の宗教学校に通っていた)の経験を生かしコーランを3度引用していた点です。日本語では世界日報がこの点を取り上げていました。


以下は、3日付けの世界日報の記事「米大統領、イスラム世界に向け政策演説」の内容一部:


「盛大な拍手に迎えられたオバマ大統領はまず、自身の青少年時代を振り返りながら、イスラム教との関係の深さを述べ、米国とイスラム世界は、イスラム教が教義原則として強調する『公正と正義』による関係性を築くべきだと強調、多大な拍手を受けた。その後、イスラム教の聖典コーランの言葉を引用しながら、米国とイスラム教との緊密な関係性に言及、『イスラム教は米国の一部』とまで断言した。『米国はイスラム世界と戦争することはない』と言明、『無辜の人1人を殺害することは全人類を殺害することと同様だ』とのイスラムの教えを引用、会場からは「アイ・ラブ・ユー」の掛け声が飛んだ。」【カイロ3日鈴木眞吉】

ちょっと長いですが、オバマ氏の英語の演説はアルジャジーラのネット新聞で読むことができます。

本筋からそれてしまいますが、オバマ米大統領の宗教に関しては、白熱した議論が大統領就任時から米国メディアや個人ブロガー達の間でかわされており、政治面と同時並行に今後さらに注目を集めてゆくと見られています。


今回のコーランを引用した演説で、オバマ氏はイスラム諸国からの支持を得るためなのか「当然イスラムはアメリカの一部です」と言いきりました。演説中に引用する「God」(神)が、はたしてどの宗教の神を意識した表現なのか。あいまいにされた「God」は、イスラム教、ユダヤ教、キリスト教の宗教間の対立緩和につながるか否かは微妙なところです。もしそれぞれの宗教の神観が特性を失えば、政治家としては中東の政治をしやすくなるにちがいありません。それを計算にいれてなのか、オバマ氏の長い演説の最後は、コーラン、タナフ、新約聖書とそれぞれから抜粋した一句を読み上げて閉じられていました。


祈り)イスラエル・パレスチナ問題は、政治と宗教の双方に深く根ざしています。政治を優先にして宗教が骨抜きにされたり、それとは逆に宗教を理由に戦争が正統化されてしまうことがありませんように。


写真)エジプトでオバマ大統領の演説を聞く様子


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2009年5月14日木曜日

バチカン市国、国旗の図柄はどういう意味?


今週5月11日から5日間にかけて、ローマ教皇ベネディクトがイスラエルと西岸地区を訪問しています。一般のユダヤ人たちの中ではカトリックとプロテスタントを混同している人たちが多くいるようなので、簡単な説明を彼等のためにしましょう。


ローマ・カトリックの総本山は、今日のイタリアのローマ市内にある世界最小の独立国、バチカン市国(1929年成立)にあります。ここに世界宗教化したカトリック教会を統治する、ローマ教皇の家があります。ローマを東京に似せるとしたら、バチカン市国は皇居の様です。


バチカンには、イエスの12弟子の1人ペテロが埋葬されたという伝承があり、2世紀後半には彼を記念した廊がすでに建てられていた様です。その跡地に、西暦326A.D.頃コンスタンティヌス帝が教会堂を建て、時代とともに増築されていきました。今日のバチカン国の中心にある聖ピエトロ大聖堂がそれです。原始教会時代(ナザレ人イエスの死後から新約聖書がまとめられていった2世紀半頃まで)キリスト教界の精神的中心はエルサレムでした。しかしペテロが殉死したと思われるその場所に宮殿を建てたことにより、ローマはエルサレムに代わり、全キリスト教会に最も影響を及ぼす場所と化し、今日の中心的地位を確立していきました。


教皇の今日の世界的権威の背景には、教皇が「イエスの弟子ペテロの直系の霊的継承者である」というバチカンの主張があります。そもそも金銀に包まれたバチカンの教皇が、「人間を捕る漁師として、それも“ユダヤ人宣教”に生涯をかけた素朴な漁師ペテロ(ガラテヤ人への手紙2章7節)」を信仰の祖としているとは驚きです。非カトリック系キリスト教徒たちは、何をもってペテロの信仰を霊的に継承しているか、この点を大きく疑問視しています。


カトリックの主張は聖書に基づいています。( )内は彼等の解釈です。


シモン・ペテロが答えて言った。「あなたは、生ける神の御子キリストです。」するとイエスは、彼に答えて言われた。「‥‥このことをあなたに明らかに示したのは人間ではなく、天にいますわたしの父です。ではわたしもあなたに言います。あなたはペテロです。わたしはこの岩(ペテロが殉死する場所)の上にわたしの教会(ローマ・カトリック教会)を建てます。」(マタイによる福音書16章16〜18節)


一方、プロテスタント教会の主張はこうです。キリストの教会は、ある特定の人物(例えば、ペテロという聖人化した一人の男)の上に建設されるのではなく、神の啓示を受けて救われる全ての者の信仰告白(彼等の解釈では、これが岩)の上に建てられていくものです。


バチカン市国の国旗は、左半分が黄金色で、右側に金と銀の鍵があります(写真参照)。この鍵は、聖書の同箇所の19節にイエスがペテロに対して「わたしは、あなたに天の御国の鍵を与えます。」と言われた時の“鍵”を象徴しています。この聖書箇所のバチカンの理解は、現在教皇がこの天国の鍵を預かっており、このお方を通して、信じる者に御国が開かれていくというものです。


この解釈が納得いくものかどうかは、それぞれの判断にゆだねることにします。ただ、教皇のイスラエル訪問は政治的な目的ではなく「平和の使者」として訪ねることを公式表明しています。一方で、イスラエル国内のキリスト教にゆかりのある場所のあちこちをバチカン市国の所有地にしたいという要請を出す訪問でもある様です。こうした教皇の言動は、バチカンとイスラエルのどちらを優先にした訪問なのか、教皇の「平和メッセージ」に政治の臭いがします。

2009年4月19日日曜日

ヒットラーの誕生日、ホロコースト記念日、第2回ダーバン会議

日本の学校や企業で新年度が始まり、新しい風が吹き始めた頃、イスラエルでは宗教暦のお正月やペサフを迎えて春を楽しんでいます。又イスラエル政権は4月から新しくなり、首相もオルメルト氏からネタニヤフ氏に移行し、イスラエルには新しい風が吹き始めました。国内の政治経済においても、草花に笑顔を運ぶ春風が吹くことを願います。しかし明日4月20日の日没から21日だけは、春風が一瞬止まるのかも‥‥。イスラエルではこの日がホロコースト記念日だからです。この日は例年、ラジオの音楽番組は悲しい曲のみを流し、テレビではホロコースト関連の特集が組まれ、一日中シンミリとしています。この日は、日中のメランコリックな音楽やテレビ番組のせいで、鬱になったり、その晩に悪夢を見てうなされる子供たちが毎年いると聞きます。(写真:エルサレムの神殿の城壁にけなげに咲く野花)


今年はスイスのジュネーブで開催される世界会議の内容によりますが、大人にとっても暗い日になりそうです。明日からスイス国ジュネーブ市において4日間にわたり、第二回ダーバン会議[反人種主義・差別撤廃会議: 第一回目は2001年に南アフリカ共和国のダーバン市で開かれたことからこう呼ばれる。]が開催されるからです。

この会議は国連を軸にして、国際社会が人種差別の予防策や教育、被害者保護、救済、補償などを話し合うための会議です。2001年の同会議では世界150カ国から政府、NGO 関係者らが集まりました。この会議は「差別をなくそう」という南アフリカ共和国をはじめとする“世界各地の声”が国連を動かしてようやく形になったものです。しかし第一回会議の内容がこの呼びかけとは裏腹に差別的内容(特にイスラエル国に対して)だったため、当時の米国務長官のコーリン・パウエルが憤怒したことでニュースになりました。あの時は米国代表団とイスラエル代表団が会議の途中で引き揚げるという騒ぎになりましたが、今回は開催前にすでに、イスラエル、カナダ、イタリアがそれぞれボイコットを表明しています。アメリカも土壇場で昨日欠席届けを出しました。さて、この会議のどこに問題点があるのでしょうか。

一つは、議長国がリビア国、副議長国がイラン国であること。これに対しては世界ユダヤ人会議(WJC)のミカエル・シュナイダー書記長は「この会議は、主旨とは反対に人間の基本的人権を軽蔑する国々によって運営されている。」と批判しています。又エルサレム・ポスト紙は同会議への資金援助国に人権問題を軽視する国々を挙げています。同会議は例えば、サウジアラビア国から15万ドル、中国から2万ドル、イランから4万ドル、そしてロシアから60万ドルを受け取っており、同会議における差別に対する定義内容や声明に対して何らかの影響を与えていると考えられています。

もう一つは、同会議は、世界の様々な関連問題を取り上げるべき会議ですが、その主要問題としてパレスチナ問題のみが取り上げられているという点です。また指摘されている点はイスラエル批判を前提とした政治色の濃い内容です。同会議で大きな発言力を持つアラブ諸国は、世界に蔓延してきた反アラブ主義や反イスラム主義はイスラエルとシオニズムの仕業だと主張し、彼等こそ差別的、非人道的存在として認定すべきだと訴えています。(左図:これは今回のダーバン会議で「ダビデの星排除(=イスラエル排斥運動)」を勧める反ユダヤ的ポスターです。)

ちなみに4月20日は同時にアドルフ・ヒットラーの誕生日でもあります。第2回ダーバン会議を意図的にこの日と重ねているかについては議論できません。しかしイスラエル外務省で働くアビブ・ラズ・シェフター氏は背後にそのような意図があるのではと警戒しています。

祈り)明日から始まる第2回ダーバン会議では、人種差別の代表的な例としてホロコーストが覚えられますように。そして世界で最も人種差別の被害を受けた民族が、国際会議の中で「差別的で非人道的だ」というレッテルが貼られてしまうことがありませんように。またこの日がホロコーストを追体験する子供達に失望と恐怖をもたらす日ではなく、明日への希望を約束できる日となりますように。もしくは神自らの御守りを確認できる日となりますように。

風刺画と関連記事)この風刺画は今年3月にニューヨークタイムス紙に掲載されたガザ戦争の風刺画で、パット・オリファント氏[Pat Oliphant] が描きました。オリファント氏の風刺画は現在世界で活躍するイラストレーターの風刺画の中で、最も影響力があると言われています。その彼のガザ戦争の風刺画は、イスラエル国防軍を「頭と心の無いナチス」に、ダビデの星を「モンスター」に見立てており、米国ロサンゼルス市にあるサイモン・ヴィーゼンタール・センター(イスラエル・ロビー団体)から批判され注目を浴びました。
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2009年3月21日土曜日

CIAの未来予想図:20年後イスラエルは消えている!


今月13日「プレスTV」(イラン国営放送国外事業局が発信する英語放送)は、CIA(アメリカ中央情報局)による「イスラエルの未来予想図」を報道しました。このCIAの報告は、将来イスラエルにパレスチナ国が建設されることを前提に置いた、20年後のイスラエルの姿を描いたもので、これにはイスラエル国とパレスチナ国の共存は難しく20年後にはパレスチナ国一国だけが残るという驚くべき報告が出されています。以下はその報告の一部です。

The CIA report predicts"an inexorable movement away from a two-state to a one-state solution, as the most viable model based on democratic principles of full equality that sheds the looming specter of colonial Apartheid while allowing for the return of the 1947/1948 and 1967 refugees. The latter being the precondition for sustainable peace in the region."

この報告書では、もしパレスチナ国が建設されたら1948年のイスラエル国建国時と1967年の六日戦争時のパレスチナ全難民がこの地に戻って安住するようにはなるが、それから15年もすると約200万人のイスラエル人はアメリカに移民すると予想されています。その裏付けとして、50万人のイスラエル人は米国の2重国籍保持者で、30万人のイスラエル人はすでに米国カリフォルニアに移住しているからだと報告しています。加えて、ロシア系イスラエル人の150万人も祖父母の故国に戻り、他のイスラエル人もヨーロッパに帰るだろうとの報告が出されました。

この報告書の件で「プレスTV」は、国際弁護士のフランクリン・ラム氏(彼は最近顔を出す中東情勢のご意見箱だが、ネット上には詳しいプロフィールは出て来ない)にインタビューし、彼はこのように答えました。

「イスラエルの植民地主義は、ソビエト連邦が90年初期に解体したように、又南アフリカ共和国の人種差別政策(アパルトヘイト)が廃止されたように、やがて激しい国際批判をあび、遅かれ早かれ無くなるでしょう。」

そもそもイスラエルを開拓したホロコーストの生存者が、生きるためにこの地を開拓したそのどこに「被植民者を支配しよう」という野心と人種差別があったのでしょうか。野心があったとすれば、神に与えられた命を大切にしよう、殺された同胞の分まで生きよう、頼れる者がいないなら誰にもたよらずに自分たちで頑張ろう、というたぐいだったと思うのです。私は「イスラエルの植民地主義」という言葉の使い方をラム氏に問いたいところです。
ラム氏が示唆したように、イスラエルの地に描かれた夢ははかなく消え去るのでしょうか。もちろん、イスラエルの夢は、ヨーロッパやアラブ諸国での迫害の後この地にやってきたユダヤ人達の夢で、主にシオニストの描いた夢です。この夢は非ユダヤ人にはとうてい分かってもらえず、アラブ諸国は彼等の夢のせいで人種差別やパレスチナ難民が発生していると考えます。ユダヤ人の夢はアラブ諸国にとり悪夢なのです。先週レバノン国ではヒズボラ指導者のナスララ(写真)が、最近の米国の要求を拒否し「1000年間はイスラエルの存在を認めない」と演説しました。これはユダヤ人たちの夢を彼等は千年たっても共有できないという強い主張です。[アルジャジーラ報道、 “Hezbollah will not recognise Israel”]

現在オバマ新政権はイスラエルにパレスチナ国家を建設させることを視野にいれ、ヒラリー国務長官を解してイスラエルに圧力をかけています。オバマ氏はこのようなCIAからの報告やアラブ諸国の発言を聞いて、今のパレスチナ政策を改めるでしょうか。それとも「この地に平和をつくるためだ」と主張しながら押し通すでしょうか。

イスラエルはこうした米国と中東の圧力にとても弱く、もう退陣まじかのオルメルト現首相は昨年9月(第二次レバノン戦争の責任をとらされ、テロ組織ヒズボラとの交渉負けをした後だったので)こんな弱気な発言をしました。

" I believed that the land from the Jordan River to the Mediterranean was all ours since in every place there that is excavated, there is evidence of Jewish History. But finally, after a lot of suffering and misgivings, I came to the conclusion that we need to share the land with whom we are residing if we don't want to become a bi-national state," [www.presstv.com “Olmert pronounces Greater Israel dead”]
「私はかつてヨルダン側から地中海までの領土は私達ユダヤ人に与えられていると信じていた。なぜならその領土内のどこを掘ってもこの地におけるユダヤ人の歴史を保証するものが出土したからだ。しかし数多くの苦難と将来への不安を経て、私はようやく気づいた。それは私達が住むこの地をパレスチナ国設立のために分てばよいということを(意訳)」

換言すれば、先人たちの描いた夢をもう描き続けることは不可能だ、というのがオルメルト氏の主張です。イスラエル人の中にも、こうした「あきらめムード」があるようです。イスラエルは今後米国、欧米諸国、アラブ諸国が描く「イスラエルの未来予想図」を受け入れるのでしょうか。それとも自分たちの夢を追いつづけ、自分たちの未来予想図を描き続けられるでしょうか。

「イスラエルの未来予想図」は聖書にもあります。クリスチャンが読む新約聖書にも神様の未来予想図が描かれています。聖書の神は過去、現在、未来において不変なので、その方が定めた未来予想図もアブラハムの時代から今日まで不変なはずです。しかしその予想図は、現状からかけ離れた実現不可能なものに写ります。

さて20年後、30年後、100年後に誰の予想が正しいか。イスラエルの未来はユダヤ人をはじめ世界の全ての人の判断と信仰に託されているのかもしれません。人間の予想が状況に応じてころころ変わっても、それでも神は聖書の未来予想図を変えることなくどこまでも貫くでしょう。

聖書の未来予想図は、ユダヤ人にも異邦人にも求める人には描かれていくので、興味のある方は神に問いながら聖書を読むことをお勧めします。

祈り)たとえイスラエルの指導者たちがこの地をあきらめても、アブラハムにこの地を約束された聖書の神は生きています。ユダヤ人がこの地を治められないなら、神自らが治める時がやがて来るでしょう。目に映る世界はイスラエルの存在を疑い、聖書の神を否定しても、真理を探し求める者たちを神があわれんで下さいますように。そこで求める者が目に見えないところに働く神の存在を認め、聖書の未来予想図を神と共有し、心に描いていけますように。
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2009年2月21日土曜日

選挙結果、その後

イスラエルの国会(クネセット)は一院制議会で、議員の任期は4年です。
2月10日に行われた総選挙で、国会120議席を12政党で分ち、右派政党が65議席と過半数を獲得しましたが、議員の顔ぶれは様々です。その内訳を見ると、アラブ人が13人、ドルーズ人4人、女性21人、ユダヤ教正当派28人、新議員が38人となっており、2006年の国会総選挙の時よりも、こうした少数グループの数が若干増えたようです。イスラエルはアメリカに次ぐ多人種国家なので、この多様化した議員をまとめる首相が求められます。

20日、右派野党リクード党首のベンヤミン・ネタニヤフ氏が首相としてシモン・ペレス大統領に指名されました。就任式は6週間後の予定です。

祈り)イスラエルの中東和平をこうした議員たちが担っていきます。1人1人の上に知恵が与えられ、正しい決断がくだされていくようにお祈りください。特にハマスに拉致されているギラッド・シャリート兵が一日も早く解放されるように。

2009年2月14日土曜日

選挙結果

去る火曜日に、イスラエル新首相を決める国政選挙が行われました。その投票の結果、ベニヤミン・ネタニヤフ氏とチッピ・リブニ氏が僅差だったため、どちらが首相になるかはまだ決められない状態です。今回の選挙で、国会の120議席中、リクード党を含む右派数党が過半数(左派56議席に対して右派64議席)を取る結果となりました。一方、チッピ・リブニ氏所属のカディーマ党は、120中29議席を獲得して第一党になったものの、右派のリクード党は28議席、そして政策面では異なれど、右派のイスラエル・ベイテイヌ党やシャス党がそれぞれ15議席11議席と議席数を増やし、彼等右派の主張に対して国民の支持が集まりました。

どちらが首相になっても、与党としては議席数が足りないので、他党との連立政権を考えなければなりません。そこで誰がどの党と組むかでイスラエル政界はもめています。

もめている背景には、対レバノン、シリア、ヨルダン、エジプト、特にイランとの外交や、エルサレム分割案、又はシリアとの和平確立の条件とされているゴラン高原返還とどう向き合うか等が問題として挙がっており、テレビなどのメディアで連日のように論争が繰り広げられています。

祈り:イスラエルは世界一外交が難しい国です。首相次第で、イスラエルの国土が削られたり、エルサレムが分割されたりしかねない状況に現在立たされています。目に見える形では首相次第であったとしても、この地にいるからこそ聖書の言葉にたより、真の救い主を求める者が更に増えますように。

2009年2月7日土曜日

2月10日(火)イスラエル国政選挙

イスラエルでは2月10日(火)総選挙が行われ、オルメルト現首相に代わり、新しい首相(第13代目)が選出されます。
イスラエルは対レバノン、シリア、ヨルダン、エジプト、イランとの関係、国内のイスラエル国籍を持つアラブ人(現在人口710万人中2割がアラブ系と言われています)との複雑な社会問題、深刻な水不足、ひろがる格差社会と教育問題、エルサレム分割案、ゴラン高原返還など、抱える問題は山積みです。これに対して新首相に求められるものはあまりにも大きく、国民はどの側面をみて投票するか迷っているようです。

現首相は、2006年に第2次レバノン戦争において失敗したことや昨年の汚職スキャンダルもあり、昨年末から政府は分裂し、国民の支持をすでに失っています。
今週の候補にあがっている中心人物は、支持率の高い順から以下の通りです。
ーーーーー
ベニヤミン・ネタニヤフ氏:右派政党リクード党。第9代元首相。イランの核武装に対しては教鞭な立場をとり、シリアとの和平交渉のためにゴラン高原を手放すことやエルサレム東西分割案については反対すると約束している。

チッピ・リブニ氏:現首相と同党のカディーマ党で、現外務大臣。女性ながら国防軍や特殊工作機関(モサド)の経験を持つ。彼女はアリエル・シャロン元第11首相から信頼されており、彼が任期中、脳卒中で倒れた際に、現職の外務大臣の地位についた。不人気のオルメルト現大統領を強く批判し、高い支持を得ている。

エフード・バラック氏:労働党党首で、現国防相。第10代元首相。1972年のミュンヘンオリンピックで、PLO幹部によってイスラエル選手たちが殺害されるというテロ事件があったが、当時イスラエル国防軍の特殊部隊だった彼は、この時、女装してPLO幹部に勇敢にも接触し、ユダヤ人選手殺害に関与したテロリスト3名を暗殺するのに成功している。

祈り)今週の選挙でふさわしい指導者が選ばれるようにお祈りください。


2009年1月31日土曜日

何故ハマスはガザ地区の統治権を握ったのか?

09年が明けて最初の月、世界の目はガザとイスラエルに向けられました。そしてイスラエルの一方的停戦を迎えましたが、ガザ地区の政治的問題は明確にされたのでしょうか。


停戦後、国際報道は米国の新大統領に向けられ、イスラエルから遠のいてしまわないようにと願います。それはガザ地域を含む中東情勢とイスラエル側の和平への取り組みは、米国と国連による中東政治の舵取りを度外視しては語れないからです。

今週はガザ地区の統治権をハマスがどのようにして握ったのか、そこに焦点を合わせながら8年前まで遡り、世界政治の動きとパレスチナに与えた影響を考えてみます。

2001年9月11日、ニューヨークやワシントンで航空機4機を使った同時多発テロが起きました。あの米国を襲った同時多発テロは、世界政治におけるイスラム勢力の存在を不動にしました。又、中東世界においては、米国の支配を受けない“アラブ人による自主的政治”を叫ぶグループに火をつけました。世界はイスラム過激派グループを恐れ、これを受けた欧州はアラブ世界とパレスチナ人地区の民主化を叫び始めました。これに押されたブッシュ元大統領は、翌年パレスチナ和平計画『ロードマップ』を構想し、パレスチナ人自治区を05年までに民主化させる計画を発表したのです。03年、米国はこの「ロードマップ」を国連、EU、ロシアと共同発表し、イスラエルにガザ地区を手放すよう当時のイスラエル首相シャロンに圧力をかけました。

シャロン首相はもともとガザ地区のユダヤ人達の入植支持者で、タカ派政治家として知られていました。しかし、よほど欧米諸国からの圧力を受けたのでしょう。彼はロードマップを受託し、05年にイスラエルのガザ地区統治権を放棄し、更にはユダヤ人入植者達を撤退させました。その上この時のストレスでシャロン首相は体を壊し、翌年脳卒中で倒れ、現在は意識不明の状態です。無惨にも世界は彼の存在を忘れ、ガザの現状だけが独り歩きしています。

こうして欧米諸国はガザ地区の民主化を始めました。しかし皮肉にもガザ地区と西岸地区のパレスチナ人は民主化反対勢力(=ハマス)を欧米の民主的方法(=投票)で選んだのです。そもそも全体主義のアラブ世界で選挙をしても、個人個人に反対勢力からの多大な圧力がかかり、正しい人選などできません。ここに個人主義欧米諸国の大きな計算ミスがありました。今日メディアがこの点に触れたがらないのは、欧米諸国の無責任なロードマップとイスラエルが払った代償に対して、裁きを下したくないからでしょう。欧米諸国とイスラエルとどちらが裁かれるべきか、白黒が見えた上で、この部分へのミディアの沈黙は続きます。

そして2005年が訪れ、イスラエルは「ロードマップ」の圧力で土地を手放しました。並行して、同地区内の8500人のユダヤ人住民は強制退去させられたのです。その多数は今も無職で精神的苦痛を煩っています。彼等ユダヤ人がどんなにトラウマで悩んでも、国連からの同情と支援を受けるには至りませんでした。

こうしてガザ地区はハマスの支配化に置かれるようになりました。今日ハマスを追放しようとしても「我々は合法的に統治権を得た。今更口出しするな。」と言えば、欧米諸国はこれに閉口せざるをえません。国連もテロ組織撲滅への強い姿勢を取れるはずもありません。国連は、むしろ根本的な問題を回避したその場しのぎの和平政策だけを切り出し、ガザ統治者とイスラエルからの協力を求めることになります。しかしイスラエルはそれで納得するでしょうか。

さて、欧米諸国が促したように土地はパレスチナ人のものになりました。しかし民主化には至っていません。どこに問題があったのでしょうか。もし土地が問題なら、中東にある二十二のアラブ諸国が、パレスチナ住民のために土地を設け、避難させることもできるはずです。ヨルダン国はパレスチナ人のために建国された国のはずですが大国イランとエジプトの顔色ばかり伺い、何もしません。全アラブ圏を握る中心的存在のイランとエジプトの間には不気味な力関係が常にあり、政治上、アラブ諸国にまとまりはありません。ただパレスチナ人たちをカナンの地にとどめておくという点とイスラエルを責めるという点においてはアラブ勢力は一致するようです。何故それらの点で一致するのか、世界の政治家達は自分たちの中東和平案を通す前にもっと考えるべきです。

5年以降、ガザの民主化後退の原因は経済的問題かの様に取り上げられています。そこでUNRWA(国連パレスチナ難民救済事業期間)を通して毎年数百万ドルがガザへ送り込まれています。イスラエルも(土地を手放した上で)水と電気を提供し続けています。しかし、空しくもガザ地区のパレスチナ人の生活レベルはより悪化し、ガザ住民はより多額の支援金を世界に要求するようになりました。もしアラブ人が土地を問題にしてきたのなら、ユダヤ人シオニストたちのように開拓精神に満たされ、新しい国づくりに専念したはずです。経済的なものでさえ、必要最低限なものは国連とイスラエルと民間団体が全て備えてきたのですから。

こうした欧米の民主化の努力の背後で、ハマスはガザ地区150万人のパレスチナ人から言動の自由を奪い、 UNRWAからの義援金や支援物資を自らのテロの活動資金に換金して独裁政治を進めました。ちなみに難民の定義はパレスチナ人に対してだけは国際規定とは異なり、自治区に数年滞在しただけで(テロリストでさえ)なぜか難民指定を受けて助成金を授与できるようになっています。また難民の子供たち(2世、3世)も例外的に難民の指定を受けています。この地域では「難民である」というのがむしろ一つのステータスの様になり、それとは裏腹に国連の負担は増えました。一方、同地区から強制退去させられたユダヤ人も難民のはずですが、その対象からは外され国際的援助(主にUNRWAから)は受けられません。

2006年、ハマスはユダヤ人兵士1人(ギラド・シャリット兵)を拉致し、その命と引き換えにイスラエル国内に捕われているテロリスト約1000人を解放してくれと、イスラエル政府を相手どり無謀な交渉を始めています。ロードマップの取決めではパレスチナ側の土地取得に伴い、テロ活動の完全停止が要求されていましたが、世界は第2次レバノン戦争や台頭してきたイランに頭をかかえたまま、この拉致事件を大きく取り上げませんでした。もしハマスが生け捕ったユダヤ人を解放させていれば、今回の国防軍による攻撃はなかったはずです。しかしあれから2年半、ハマスの姿勢はより頑になりテロ活動は激化しました。国防軍は、国民をテロリストから守るために自治区との間に壁を設置してセキュリティーをより強化しましたが、国際的評価にはつながりませんでした。むしろこれを「差別」と批判しました(世界は区別と差別を混同しています。特にイスラエルに関する報道では、史実とは異なるセンセーショナルな集団的主観で「差別」が好んで使われます)。

2008年6月、国防軍とハマスは半年間、停戦をしました。その期間中もテロは止まず、停戦後も続きました。去る12月24日には1日のロケット弾の数が80発以上にもなり、このままエスカレートするハマスの独裁と無差別テロに対してイスラエル政府は「攻撃を止めなければ流血の事態になるだろう」と警告。しかしそれでもガザ地区からのロケット攻撃は止まず、とうとうイスラエル軍はガザ地区のハマス関連施設への攻撃に踏み切ることになったのです。今月起きた戦争への責任と多くの死傷者に対して、イスラエルは悔い、痛み、悩み抜き、イスラエル側の「一方的停戦」に踏み切りました。しかし、テロ活動は今日も続いています。

世界はイスラエルに何を要求してきたのでしょうか?
パレスチナ難民に土地を返せと叫び、パレスチナ人による自主的民主的政治を請求しました。
もちろんパレスチナ人と世界がそのように叫び、それが本当に真実な叫びならと、イスラエルは民主化と土地、また「ロードマップ」に対しても、理解を深める努力を惜しまず、だいぶ譲歩してきました。しかし世界の目はイスラエルにとても厳しいのです。

祈り)人間の義で歴史を正しく測ることができますか。だから神の義が一日も早く成るようにと祈ります。ガザを含むイスラエル問題が正しく測られ、不正者が裁かれ、この地に本当の平和が訪れますように。
 
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ブログ意見集 by Good↑or Bad↓ イスラエル軍のガザ空爆

2009年1月17日土曜日

イスラエルの苦悶を代表したリブニ外相の訴え

イスラエルとハマスの戦闘はすでに3週間に及んでいます。

この両者の停戦に向けて、去る1月16日、イスラエルのリブニ外相は渡米し、ライス米国務長官と会談しました。会談の中で日米両者は、停戦準備の覚書に調印し、ここに「米国はガザ地区への武器密輸防止に努めることを保証する」という内容が約束されました。翌日、これを受けてイスラエル政府は一方的な停戦に踏み切る考えを示しています。


しかし、リブニ外相はこうした停戦準備への前向きな取り組みを前に、国連事務総長のパン・ギムン氏に次のようにのべ、イスラエル側への国際的理解を要求しました。(15日付) 戦争の泥沼化を避けたい、しかしハマスのテロ活動を野放しにはできないというイスラエルのジレンマと、そこをまだ世界は理解してくれていないという悲痛な叫びが、リブニ外相の訴えに込められています。

「我々イスラエル国民は過去8年間ロケット攻撃の恐怖に怯えて生活してきました。またロケット攻撃の抑制にも努めてきました。しかし、我々はもうこれ以上は耐えられないところまできています。ハマスは国際社会の要求を受け入れようとしないばかりか、これまでの停戦協定はハマス(の自爆テロやカッサムロケット)によってことあるごとに破られてきました。つい最近までガザ地区から20キロ範囲に及んでいたロケット攻撃は、現在50キロ範囲にまで及んでいます。我々は国際社会が懸念していることにも充分配慮しながら、国をあげて人道援助を続けています。しかし、更にこれからどうしたらいいのかというのが私達の直面している大きな課題です。この地域の戦略はどこに向かってゆくのでしょう。ハマスはイスラエルを始め今後のパレスチナ(民主的)国家の建設にとっても障害です。このハマスにガザ地区の住民を困窮に落し入れた責任があります。ガザ地区での戦闘はイスラエルとパレスチナの間の争いではなく、(実際的には)イスラム教穏健派と過激派の争いなのです。」[訳:sunny: "Ban to Livni: Gaza death toll 'unbearable'" Ynet ウェブニュース (01.15.09)]

祈り)停戦への準備は、ハマスの攻撃姿勢とは裏腹に、イスラエルで進められています。 イスラム教穏健派と過激派の争いがあまり表面化されないように、テロ組織との戦いも反ユダヤ主義的な報道によりぼんやりとしてきました。目に見えない力が働いています。これにどこまで世界のクリスチャンが気づいているのでしょうか。正しい判断力でイスラエルとパレスチナをとりなしていけますように。また「平和をつくる」ために犠牲を払った者たちに、神が報いて下さいますように。

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2009年1月10日土曜日

ガザ地区に停戦はあるのか

イスラエルとイスラム原理主義組織ハマスの闘争は始まってから2週間が経ちました。そこで国連安全保障理事会は1月8日の決議案を次の内容でイスラエルに提示しました。

「即時かつ持続的な停戦とイスラエル軍のガザからの全面撤退」
「食糧、燃料、医療などの人道支援の安全な供給と流通」
「市民に対するすべての暴力・敵対行為と、あらゆるテロ行為の非難」
「ガザ地区の武器弾薬の密輸防止と検問所開放維持に向けた取り組みの強化」

との内容です。

「持続的停戦」というのは解決を先送りにした無責任な提案で、(イスラエル側の)暴力という言葉も、イスラエルの状況を知らない者の不適切な表現です。実際この決議案には、2000年に入ってからのハマスのテロ活動への言及や、イスラエル側の取り組みに対しての評価は含まれていません。

2001年の米国同時テロ以降、中東の中心的存在になってきたイランは、レバノン国のテロ組織ヒズボラとガザ地区のハマスへの資金援助を始めました。その額はハマスに対してだけでも140億円(2006年11月の報道)にも及びます。


イスラエル側としては北のレバノン国、東のヨルダン西岸地区、南のガザ地区に挟まれており、彼等との和平を確立しないかぎり、いつでも危険がつきまといます。数々の和平への取り組みの失敗と挫折にもイスラエル政府はそれでも戦争だけは避けたいと願い、2005年にガザの統治権を譲りました。当時、「和平確立のために自らの土地を明け渡す」政治に、イスラエル国民は憤りました。

世界は、それによりガザ地区は安定し、対イスラエルへの攻撃は無くなると考えました。しかしその後ガザ地区統治の権利はハマスが勝ち取り、事態は悪化し、ガザ周辺の80万人のユダヤ人住民へのハマスからのロケット攻撃はむしろ激化したのです。ハマスのロケットは自衛のためではなく、全てユダヤ人を攻撃するために製造されています。本当の「暴力」はここに存在します。しかし、治安維持のためにテロリストを制するイスラエルに、同じ言葉を当てることは果たして妥当でしょうか。

今回の決議案で、国連はこの地域の治安悪化の原因に触れもせず、一方的にイスラエルの行動を制御しようとしています。イスラエルのリブニ外相は、ハマスによるイスラエルへのロケット弾攻撃には言及しない決議案に対し「イスラエルは国民の安全保障と自衛のために、自ら判断して行動する。」と発言しました。

一方、ハマスも決議案を拒否し、イスラエル南部に向けてロケット攻撃を続けています。

世界は何を停戦に期待し、どのような状態を持続的停戦と呼ぼうとしているのでしょうか。

今、現状はこうです。

つまり、イスラエル南部ではガザ地区からロケット弾が発射される度に町中にサイレンが鳴り響きます。そして住民はいつ自分の家が破壊されるかと不安におののく毎日を送っています。学校は閉鎖され、自宅を離れ、親戚などの元で避難生活を送っている者も多数います。ガザ地区内のパレスチナ人の方は、一般市民や子供たちまでがハマスによって集団的な「人間の盾」にされ、被害を受けています。

そしてイスラエルとハマスの一般市民への対応はそれぞれこうです。

ハマスはガザ地区内の一般市民の中に潜んでゲリラ活動を続け、それにより巻き添えになって死んだ市民をわざと報道陣に写真を撮らせ「自分たちは被害者でイスラエル国防軍が加害者だ」という報道をさせます。その情報操作は実に巧みというしかありません。一方、イスラエル側は、負傷したそれら一般市民に、(当然国民の税金を使って)無料で彼等をイスラエル病院で治療を施します(ハマスの側にお金が無いわけでも、病院がないわけでもありません。住民への姿勢と対応の違いです。)また一般市民の家屋に立て篭るハマス党員に対しては、国防軍は前もって警告をしています。今回の空爆も、イスラエルは事前に警告をしていました。それは一般市民への犠牲を極力減らそうという国防軍の必死の取り組みなのです。

残念ながらこうした現実は日本の報道からは見えてきません。

イスラエル政府は、今後もエジプトとフランスが提案した停戦案を協議していく意向を示しました。しかしイスラエルとしては過去8年間のハマスによるロケット攻撃と、それに怯え続けているイスラエル南部に住む住民の安全保障のゆえに、よほど納得のいく停戦案が提示されない限り、建設的な停戦はないものと思われます。

祈り)イスラエル側とパレスチナ側との間にある報道合戦が激化しています。ネット上でも反ユダヤ主義的な発言が増加の一途をたどっています。戦争は両者に責任が問われるのはもっともですが、言論戦争においても同様です。聖書の神により選ばれたイスラエルの民と、神の選びを拒否したイシマエルとエサウの子孫とが、正しく報われますように。世界のクリスチャンは「とりなし手」として彼等の間に立ち、神の国と神の義を求めていけますように。

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